戦前の日本の妾制度が人口減少を防いでいた。
2025年 11月 03日
みなさん、こんにちは。
弥栄!
ここ最近我が家の五ヶ月目の双子の孫たちがやってきたので数日その世話にかかりつけになっていた。
子供の世話は大変だが、子供はきちんとそれに反応するので、実に面白い。
不思議なことに孫にとっては曾祖母がふだんはほぼボケかけたような感じだったのが、ひ孫に接すると昭和初期の昔の歌を思い出す。
我々祖父母にあたる人間もまた、昔の子供の頃に覚えた歌を思い出す。
新生児は老人にとっての最高のリハビリの対象になるわけだ。
このように、昔から幼児と老人の組み合わせほどウィンウィンなものはない。
しかし戦後我が国はアメリカの伝統に押し切られて、核家族化への道を突き進んだ。
戦前のように日本の伝統芸、お家芸であった3世代4世代の多世代家庭が主流のままであれば、育児の労苦は大家族の中でかなり軽減されたに違いない。
また昔の公家や侍のように、側女を置くことを社会が許し、それを不正義、不誠実というユダヤキリスト教徒からのプロパガンダに負けなければ、我が国では然るべき地位につくほどの社会的人材は、それなりに社会の中で不遇な女性を側女や第二第三の夫人にして、イスラム教徒社会のような子沢山な社会を構築できただろう。
しかしながら、今となっては時遅しである。
すべては悪循環のまま、過疎化、高齢化、少子化、中央集権化で社会は都市部と地方の分断を生んでしまったわけだ。
一方、当のユダヤキリスト教の場合は、結婚は神の前の契約だという逃げ場を作っている。
だから、イスラム教のように同時に4人の妻をもらってよいということにはならないが、人生の中で結婚離婚を数回以上繰り返してはその都度子供を儲ける事が可能になっている。
多くの金持ちは意識的に結婚離婚を繰り返し、その都度扶養義務が課されるから結果的に合法的な妾制度の構築がなされている。
言葉は言いよう。
日本人が妾を養うことがあたかも日本人の悪習かのように言い、それをあたかも犯罪者のように言う。
その代わりに、キリスト教の伝統行事の結婚離婚という節操ない手口は合法的な扶養義務というわけだ。
いわゆる二枚舌。
日本人の妾制度は、一種の一夫多妻制だが、旦那衆、すなわちそれなりに経済的裏付けのある社会的高位置に就くものしかできないわけだ。
だから、それほど悪いものではないと俺は思う。
むしろ貧困のまますさんだ人生を送りよりは遺伝的にも教育的にもずっとマシだろうと考えられる。
その対極が、アダルトのポルノ俳優が避妊をうまくできずに子を量産する方である。
こっちの方がよほど社会のためにはならないだろう。
果たして自身は子を作らなかった高市早苗首相はこの少子高齢化の問題をどう解決できるのだろうか?
ところで、大都市一極集中は大半の国々で同じような大問題である。
我が国は東京一極集中になる。
これは普通の意味で解決することは不可能だろう。
なぜなら東京はあまりに歴史が長い。
そのために、
東京=出世、東京=パワー、
東京=可能性、東京=夢の実現場、。。。
の図式が出来て長いからである。
日本国内で東京のポテンシャルに太刀打ちできる都市はない。
フランスならパリだろう。
そんなわけで、東京一極集中もまた実質的には日本が滅ぶまでこれは継続するはずである。
結局、東京一極集中と少子高齢化は同根の問題であって、そのうちの東京一極集中が解決不可能であるということは、少子高齢化は解決不可能ということになる。
以上で、証明終わり。
いやはや、世も末ですナ!




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