破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:徳を積むという考え方」

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功徳 アセンション

破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:徳を積むという考え方」

今日の破・常識!

徳・・というのは善悪の判断からのものです。byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。  

vol. 1431 徳を積むという考え方

「徳を積むという考え方」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

 
徳を積む・・という考え方は、宗教的な概念によるものです。

 
徳・・というのは善悪の判断からのものです。

 
その善悪の判断は、宗教で決められているのです。

 
良いことをすると、良いことが起きますよ・・ということですね。

 
良いこととは何なのでしょうか?

 

人のために何かをしてあげる、人のために生きること

 
イヤなことでもすすんですること・・などですね。

 
それは、我慢を奨励しているということです。

 
そして、徳を積むという考え方自体が


エゴ的な発想だということを理解していただきたいと思います。

 
天に貯金をするために徳を積むという発想は、


表面上は人のためということになりますが


根本的な考え方は自分の利益になるから・・ということになりますね。

 
自分の貯金を増やしたいから、自分が幸せになりたいから


自分が成功したいから、だから、人にやさしくする


人に何かをしてあげる・・ということですね。

 
それは利他ではなく、利己になります。

 

天(宇宙)は、何も判断しません。

 
宇宙に良い行いも、悪い行いもないのです。

 
すべては、貴重な行いなのです。

 
ですから、天(宇宙)に善い行いの


プラスの貯金が出来るということはありません。

 
宇宙からの観点から見ると


あなた達が良い行いと判断している行いが、

 
その人にとって利益になるかどうかもわからないのです。

 

人を助ける・・ということは、


宗教的な教えではとても良いことだとされますが、

 
助けられた人にとってはいらないお世話になるかもしれないのです。

 
もし、お金がなくて困っている人に


お金を差し上げたらどうでしょうか?

 
一時的に困っているひとならば、それは助かるかもしれません。

 
でも、いつも困っている人に一時的にお金を差し上げてしまうと


またもらえると思って依存になってしまうこともあるのです。

 
人に親切にする・・ということも


その人に確認してからするのであればいいのですが


その人にわからないようにしてあげると(陰徳?)

 
本当にしてほしいのかどうか分かりませんので、

 
自由への介入になってしまうこともあるのです。

 

善悪で考えないでください。

 
善悪の考えは、あなた達を支配・コントロールしている


人にとって都合の良いように操作されています。

 
それが宗教的概念、宗教的善悪の判断なのです。

 
道徳観、倫理観とも呼ばれるものなのです。

 
天に貯金をするという考え方は、


自分も足りていないということなのです。

 
自分も足りていない・・だから、貯金をしようと思うのです。

 
不安だから、貯金をしようと思うのです。

 
自分が何か困ったら、そこから引き出す?誰かに助けてもらえる?


・・だから、貯金をしておこうと思うのです。

 

自分が出したエネルギーが、自分に返ってくる


・・ということはあります。

 
それは波動エネルギーの観点から見ても真実です。

 
だからと言って、誰かにやさしくすれば、


やさしくしてもらえると思って、

 
そのエネルギーを出すと、それは期待となってコントロールの

 
エネルギーになってしまうのです。

 
ですから、コントロールのエネルギーが返って来てしまいます。

 
伝わっていますでしょうか?

 

宗教的な概念、道徳観、倫理観を手放してください。

 
人に親切にしないでください


人が困っていても知らんふりをしてください・・

 
と言っているのではありません。

 
困っている人に手を差し伸べましょう・・という考え方は

 
施しのような平等ではないエネルギーになってしまいます。

 
それでは、気持ちの良い関係は築けないのです。

 
ご機嫌さんのときを思い出してください。

 
あなたがご機嫌さんなときは、


人のために良いことをしましょう・・などとは思いません。

 
電車の中で席をゆずるとしても


良いことをしましょうと思ってゆずるのと、

 
ご機嫌さんで気持ちが広くなっているからゆずるのとは違うと思います。

 
(やっていることは同じように思いますが、


感覚的なところであなたの

 
気持ちが違うということを理解していただければと思います)

 

天に貯金する必要はありません。

 
・・というか、出来ないのです。

 
良い行いがプラスで、悪い行いがマイナスだという概念がありません。

 
そして、それをチェックする存在もいません。

 
ですから、後々のために貯金するというところに


フォーカスするのではなく、

 
いまご機嫌さんでいることにフォーカスしていてください。

 
そうすれば、あなたのご機嫌さんの軽いエネルギーが


まわりの人に共振してまわりの人も


ご機嫌さんになることが出来るのです。

 
平和な気持ちになることが出来るのです。

 
お金持ちになるのも、仕事で成功するのも、


ステキなパートナーと出会えるのも、幸せになるのも


貯金ではなく、いまのあなたの思考次第なのです。

 
幸せになりたいなら、いまのあなたが幸せでいてください。

 
・・ということを、お伝えしたいと思います。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」


ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

徳を積むという考え方は日常生活の中でも多くの逸話に出てきます。

野口英世や二宮金次郎というのは昭和の子供のころにはよく聞かされ、本にも

多く載せられていました。

そんな話から人には親切にしないといけない、親孝行をしないといけないと

子供心に思ったものです。

今はそうした話より宗教的勧誘によってなされることが多いようです。

キリスト教ではあなたの隠れた善行は神のみぞ知るところにあるのですから

神のみ心を喜ばせる行いですからどんどんしなさいと言われるでしょう。

しかし、考えてみればわかることですが、その善い行いで相手に感謝されるとは

思いますが、いちばん喜びを感じているのは自分自身です。

自分は善いことをしたのだから死後は天国に行けるという喜びです。

天国というところは存在しないのですが、それを存在するものとして善い行いを

奨励するのですから詐欺に等しいものです。

もっとも死後のことなんか本当は誰も知らないのですからね。

一番騙しやすい方法かもしれません。

徳を積んで死後いいところへ行こうと思うより、今この世界を思いっきり楽しむ

方がはるかに高い満足感が得られるのではないでしょうか?

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