破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:政治的なプロセスは必要か?」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:政治的なプロセスは必要か?」

今日の破・常識!

いまの社会から出たいと思うならば、


政治に頼らないでください。

 
リーダーを求めないでください。

 
あなたの思考を変えてください。byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。  

vol. 1496 政治的なプロセスは必要か?

「政治的なプロセスは必要か?」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

 
政治的なプロセス・・


政治的ということがそもそもすでにピラミッド型の

 
社会の手段ということです。

 
ピラミッド社会のシステムが、政治です。

 
ピラミッド社会のシステムは、強い方が有利だということです。

 
独裁国家の政治はもちろんのこと、民主主義と言われている国家も

 
結局は多数決(数の多い人の意見を重視する)ということで

 
力の強い人の意見が通るのです。

 
政治とは、何人かの代表を選んで、その人達に自分達の道


(生活など)を決めてもらうということです。

 
代表に選ばれた人の意見によって、自分たちの生活が変わるのです。

 
代表は強い権力を持ちます。

 
権力を持った人たちがリードしていくということになります。

 
ここまで大丈夫でしょうか?

 

そうなると、常に権力を持った人たちに自分達の権利を


預けることになります。

 
権力を持った人たちが、自分達の都合の良い政治をすることに

 
なってしまうということになります。

 
いま行われている政治は、このように権力を持った


人たちのための政治なのです。

 
分かりますね。

 

その権力者がどちらを向いているかで、政治は決まってくるのです。

 
国民のために政治をします・・といっても


国民の考え方はいろいろです。

 
国民の暮らしが良くなるような政治を目指します・・と言っても

 
その人が考える国民の良い暮らしがどのようなものかで


変わってくるということになります。

 
たとえば、戦争をして、国を大きくして


経済的に強くすることが人々にとって良いことだと思っている


リーダーもいるかもしれません。

 
その人にとっては、戦争をすることが国民のため


国民の良い暮らしのためだと思っているかもしれないのです。

 
だから、国民も一緒に戦争をするべきだと思っているかもしれません。

 
そして、その考え方に賛同する人が多ければ、

 
それは民意として肯定され戦争に突き進むことに


なるかもしれないのです。

 
それは国民にとって良い暮らしではありません・・と言っても

 
政治は多数決ですので、力の強い方が


その意見を押し通すことが出来るのです。

 
そのリーダー(政治家)が良い暮らしと思っている暮らしが


良いと思う人もいるし、もしかしたら、その暮らしを


良い暮らしだと思えない人もいるかもしれません。

 
そうなると、良い暮らしではないと思っている人にとっては


その政治家は良い政治家ではなく、権力を自分のために使っている


と思うかもしれないということです。

 
伝わっていますでしょうか?

 

すべての人が満足する政治というものはないということです。

 
政治は数の論理、多数決ですので(表向きは、ですが・・・)

 
少数派の考え方の人は、常に多数派の考えに


合わせなければいけなくなり我慢を強いられるようになります。

 
そして、リーダーの考え方が大きく人々に影響するということです。

 
自分達の意見を代弁してくれるリーダーだと思っても


すべて何もかもが自分の意見と一致するということはないのです。

 
だから、どこかで必ず不満が出ます。

 
そのリーダーの意見、考え方が変わるかもしれません。

 
そうなるとまた違うリーダーが出てきます。

 
そして、また、政争がはじまるのです。

 
同じことが繰り返されるということです。

 

すべての人が満足するためには、政治は必要ないのです。

 
政治という概念では、すべての人が


満足できる社会は出来ないのです。

 
すべての人が満足できる社会には、リーダーは必要ないのです。

 
新しい社会(ピラミッド型ではなく、横並びの丸い社会)を


創造したいと思うならば、リーダーを求めないでください。

 
力の強いリーダー、自分達を導いてくれるリーダーを


求めていては新しい社会は創造出来ません。

 
政治的なプロセスでは、ピラミッド社会から


出ることは出来ないのです。

 
人はみんな違います。

 
違いを認めるのではなく、リーダーが決めたことに従うという


考え方では、いまのピラミッド社会から出ることは出来ません。

 
リーダーという存在自体が、ピラミッドの概念だからです。

 
政治によって、いまの政治を変えようとしても


そもそも考え方が同じですので


表面的にちょっと変わったと思っても、基本的には変わりません。

 
みんなの力でいまの政治を変えようと思っても


それは結局はまた数の論理、力の強い方が有利


声の小さい人は取り残されるということの繰り返しになります。

 

横並びの丸い社会では数の論理は必要ないのです。

 
個々の意見を一つにする必要はないのです。

 
個々の意見、考え方を尊重出来る社会にするには


いまの政治という概念ではムリなのです。

 
ですから、いまの社会から出たいと思うならば、


政治に頼らないでください。

 
リーダーを求めないでください。

 
あなたの思考を変えてください。

 
それぞれ個々の人の考え方が変われば、


いまの社会は自然と成り立たなくなるのです。

 
人々がそれぞれに、この社会にはいたくない


この社会から出たいと思いはじめれば、


団結して何かをしなくても、自然とピラミッド社会は

 
崩壊していきます。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」

 


ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

私たちは何か困ったことがあればすぐに政治家に頼ろうとします。

国であればこんな政策を作ってくださいとお願いし、地方であればこれを変えて

くださいとお願いします。

しかし、そのすべての願いが実現することはありません。

経済のように需要と供給ではなく、政治家にとって自分たちの利益と権益を

伸ばせるかどうかで決まります。

それは多数決で決まっていたとしても無視されることもあります。

なぜなら政治家の懐や権力を大きくすることにつながらないからです。

地方政治ではそれほどではないにしても地元企業の利益が優先され同時に

バックマージンの多寡が優先されることもあります。

中にはそんなことを考えず常に住民のためと思って活動する政治家も

確かにいますがごく少数です。

国政を見ればわかりますが、初当選で国民のための政治を志すと言って

いた人も数年経つと党の利益を優先に考える政治家に変わり果ててしまうので

国民の声が届きにくくなります。

政治は結局金と権力です。

これを握った政治家ほど自分の自由な政治が出来るのです。

そのため、数年後には誰もがこうした政治家になろうと変質していきます。

そうでなければ、政治家としての地位はおろか落選の憂き目に遭います。

だから、そんな政治家に希望を託すのが間違っていると言えばそうなのです。

ましてや多数決の論理で決められるのでどれだけ重要なものであっても賛成票が

少なければ無視されます。それが今の政治です。

そんなことに期待するより、自分たちが出来る範囲内で解決するようにした

方がじはるかにましなような気がします。


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