破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:たくさんの宇宙人がいます」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:たくさんの宇宙人がいます」

今日の破・常識!

”神”と呼ばれている存在は、あなた達を支配・コントロールし

 
搾取してる宇宙人だということをお伝えします。byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。 

vol. 1499 たくさんの宇宙人がいます

「たくさんの宇宙人がいます」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

 
宇宙人はいます。

 
この広い(宇宙には空間も時間もありませんが)宇宙に

 
人類のような文明を持った存在がいるのは地球という惑星だけです


・・という論理の方が破たんしているのです。

 
文明を持った生命体が存在しているのは地球だけ・・という論理ならば

 
あなた達が”神”と呼んでいる存在はどこから来ているのでしょうか?

 
テラ(地球)だけにいる存在なのでしょうか?

 
ならば、人類とどう違って、どこが優れているのでしょうか?

 
そして、人類しか知性を持っていないのに


その人類の知性を大きく上回る知性


霊性を持った存在はどこに存在しているのでしょうか?

 
・・という疑問を持ってください。

 

”神”という存在が、あなた達にとってどういう存在なのか?

 
どういう関与をしているのでしょうか?

 
どういう意味を持っているのでしょうか?


イメージだけで捉えるのではなく、冷静に考えてみてください。

 
はっきりと申し上げて、あなた達が”神”と恐れ


畏怖しているのは、宇宙人です。

 
宇宙人がテラに来て、そこで遺伝子の操作によって人間を創り

 
人間を支配・コントロールし、人間から物質的な富と


重いエネルギーを搾取するために


ピラミッド型の社会システム(文明)を創り、

 
そして、自分達を崇めさせるために


”神”となって宗教を創ったのです。

 
そう考えれば、いろいろなことがすっきりと理解できます。

 

宇宙に存在しているのは、あなた達人類だけではありません。

 
星の数ほどの宇宙人がいます。

 
そして、いろんな波動領域にも宇宙人はいるのです。

 
たくさんの宇宙人がいます。

 
そして、あなた達に関与している宇宙人も何種族かいるのです。

 
あなた達が想像しているような全知全能で精神的にも


完璧な”神”はいないのです。

 
精神的に完璧で、愛にあふれ、すべてを愛する”神”が


どのようなことをしたのか?・・


”神”の物語を読めば??となるのではないでしょうか?

 
世界中で読まれている神話をお読みになれば、


そこに書かれている”神”の姿がよくわかりますね。

 
同じ”神”同士で争い、奪い合い、貶め合う物語が描かれています。

 
人類がいままでして来たことと同じではないでしょうか?

 
”神”は愛を説きながら、愛とは違う行為をしています。

 
すべてを愛しなさいと説きながら、自分のことを信じない人たちは

 
排除しても構わないと言っているのです。

 
だから、同じ”神”を崇めながら、違う宗派であるというだけで

 
お互いが争うようなことが起きて来るのです。

 
愛を知っていれば、争いは起きないのです。

 
愛とは、相手に対する尊敬と感謝の気持ちですから、

 
お互いの意見を尊重します。お互いの自由を尊重します。

 
ですから、意見の違いで争うということはないのです。

 
”神”という概念、宗教という概念について


少し冷静に見直していただきたいと思います。

 

”神”と呼ばれている存在は、あなた達を支配・コントロールし

 
搾取してる宇宙人だということをお伝えします。

 
そして、それは大昔の話しではなく


いまだに続いているシステムです。

 
いまもなお、まだ、あなた達はその宇宙人たちが創った


システムの中にいて搾取され続けているということです。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」

 


ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

この神について広めているのはほとんどがキリスト教であり、聖書です。

キリスト教は聖書を原典として教本のように使っているのでそこに書かれて

いることが歴史的にも道義的にも正しいとしています。

神は自分たちに似せて私たちを創ったと書いてあるのですから、神と私たちは

それほど大きく違わないということです。

違うのは全知全能であるかどうかです。

神は全知全能であり私たちはそれにはるかに及ばない知能の持ち主だという

ことを根幹となしています。

しかし、聖書の中に書かれている内容を見ればあるときはこうしなさいと言って

いるのに別の場面では否定する。

そのような箇所が数多くあり矛盾に満ちています。

まあ、あれだけの文書量なのでとてもいくつものほころびが出てしまったと

言い訳できそうなものですが、それだけで全知全能ではないと言えますね。

全知全能だったら聖書のすべてに矛盾をなくして書けていたはずです。

それが矛盾だらけだとしたら・・・。

そうです。彼らは全知全能ではないのです。

最初にあったように私たちと大きく違わない存在だということですね。

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