破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:Noと言えない日本人?」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:Noと言えない日本人?」

今日の破・常識!

しっかりと意見を持っていても、どちらが正しいと


はっきりさせようとあまり思わないということです。

 
どちらの意見もOK・・違えば離れればいい

・・ということです。byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

vol. 1560 NOと言えない日本人?

「Noと言えない日本人?」by アシュタール


「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

 
言葉にするのは難しいのですが・・


ムーのエネルギーを受け継いでいる方は


対立するよりそっと離れる方向へと動きます。

 
住み分けましょう・・ということですね。

 
文句を言ったとしても平行線になる場合があります。

 
それを感じた時にはそっと離れようと思うのです。

 
でも、話が出来ると思うと話をします。

 
それは感覚です。

 
どちらが悪いということではなく


(ある意味)分かり合えるかどうかというところに重点を置くのです。

 
あなたはそう思うのですね、私はそこは違う考えですので

 
そこは離れておきましょう・・と思うのです。

 
だから、何も言わず離れようとします。

 
社会的にもあまり抗議をしないということは

 
そういう感覚があるからなのです。

 
言語的にもそうですね。

 
日本語はあまり最初にイエス、ノーははっきりとしません。

 
外国語のように結論や主語から話をしないですね。

 
だから、イエス、ノーとはっきりと自分の意見を主張する


感覚の人達には理解しにくいのです。

 
どうしてはっきりと言わないのですか?


自分の意見を持っていないのですか?と思われてしまうのです。

 
そうではありません。

 
しっかりと意見を持っていても、どちらが正しいと


はっきりさせようとあまり思わないということです。

 
どちらの意見もOK・・違えば離れればいい・・ということです。

 
そういう距離感を持っているのです。

 
でも、はっきりと自分の意見は言わなければいけない・・という

 
西洋的な考え方の方が良いと思わされているので


感性に合わないけど、それの方が良いと思って


ムリにでも言葉にしようとしてしまうことがあります。

 
そういう時はムリに言葉にしていますので


相手に伝わらないということが起きてきます。

 
そして、相手に伝わらないことがもどかしくなって


感情的に話をしはじめ、お互いの話し合いが


こじれてしまうことになります。

 
ムリに主張する必要はありません。

 
違うと思えば(話が平行線になると思えば)


そっと離れてもいいのです。

 
それは逃げるのではありません。

 
ちょっと時間を置いてみたら、また違う角度から


話が出来るかもしれないということです。

 
もしかしたら時間を置いてもその件に関しては


話が平行線になるかも知れません・・


その時はその件に関しては離れておきましょう


と話をしてください。

 
どちらが悪い・・で考えても答えは出ません。

 
どちらが悪い、どちらの意見の方が正解だという視点から


話をすればただケンカになるだけです。

 
不毛な話し合いにしかなりません。

 
そして他の件でも関係が悪くなってしまいます。

 
社会的なデモなどが盛り上がらないのもそういうことです。

 
あまり主張することが得意ではないのです。

 
だから、私はあなた達にそっと離れてくださいとお伝えします。

 
真実を知って、支配者達に対立して同じ土俵に乗るのではなく

 
そっと離れてくださいとお伝えします。

 
それはあなた達ムーの波動を受け継ぐ人たちだからです。

 
ムーの波動を受け継ぐあなた達だから出来るのです。

 
(これは日本人が偉いなどという選民的なことを

言っているのではありません)

 
いまの日本の社会システムがイヤだと、生きにくいと思うならば

 
そこからそっと離れて違う社会を創造してください。

 
そっと離れたら支配者たちは何も出来ないのです。

 
デモなどで対立して同じ土俵に立ってくれたら

 
彼らは手を出すことが出来ます。

 
力で押さえつけることが出来るのです。

 
でも、何も言わずそっと離れられてしまったら


彼らはあなた達に何もすることが出来なくなってしまうのです。

 
支配・コントロールが出来なくなってしまうのです。

 
求心力があるから支配出来るのです。

 
求心力を失えばどんなに力を誇示し、脅かそうと


何の影響も及ぼすことが出来ないのです。

 
あなた達はそういう社会を創りたいのですね・・

 
でも私たちはそれはイヤですので別の社会を


自分たちで創って行きますね・・と言って離れてください。

 
住み分けることです。

 
そうすれば摩擦は起きません。

 
波動エネルギーが違えば影響を及ぼすことが出来ないのです。

 
ムーの波動エネルギーを受け継ぐあなた達からはじめてください。

 
いまのピラミッド社会からそっと離れ、横並びの丸い社会を


創造していってください。

 

あなたに愛をこめてお伝えいたします」


 

ありがとう、アシュタール! 

マイコメント


確かに私たち日本人はそう思っていたとしても面と向かってNoとはっきり言うことは

少ないと思います。

私なんかは仕事でYes、Noをはっきりさせる教育を受けて来たので他人と比べれば

少しはYes、Noをはっきりさせています。

それでもどちらでもよさそうな場合はあいまいな返事になりますが・・・。


こうした日本人の特性は争いを好まず、争うくらいなら自らが身を引いて争いを

避けるということが日常的に行われているので、外国人から見れば大変奇異に

見えることでしょう。

コロナウイルスは茶番だと訴えるデモ行進が日本でもやっと現れましたが、これも

本当にこのままではいけないというしびれを切らした形で行われたものです。

新聞やテレビはこうしたことはまず取り上げません。

SNSなどでは取り上げられていますが・・・。

政府の基本的な考えを変えることはできませんがメディアが騒げば政府のやり方を

少しは変えられます。

そうした意味ではもっとこうした運動をメディアが注目を集めるように取り上げる

べきだろうと思います。

そうすれば運動が国民の知るところとなり不満のエネルギーが増大すると思いますが

そのエネルギーをデモに振り向けずにそっと離れる方向に使えばいいだけです。

政府が気づいたときには日本中誰もいないということが起こるかもしれません。






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