弁護人は「国の電気」を使ってはならない――裁判長の命令で、パソコンを法廷内の電源につなぐことを禁じられた弁護士が、「刑事被告人が弁護人の援助を受ける権利を侵害する」として、異議申立の手続きを行っている。裁判所にもITツールが導入されつつある今、時代に逆行するとも言える、驚きの処分だ。

 

「公判前整理手続きで電気を使うのは筋違い」?!

 電気の使用を禁じられたのは、高野隆弁護士(第二東京弁護士会)。同弁護士によると、”事件”の経緯はこうだ。

 9月27日午後1時半過ぎ、横浜地裁403号法廷で覚せい剤を密輸したとして起訴され、否認している被告人の4回目の公判前整理手続きが始まる直前、景山太郎裁判長がこう命じた。

「国の電気ですから、私的とか、仕事上かもしれないけど、自前の電気でやってください。そのように各地の裁判所でもしています。公判前整理手続で電気を使うのは、筋違いだと思います」

 景山裁判長は、公判前整理手続きの2回目から、弁護人が法廷内の電源を使うことに難色を示していた。4回目で、とうとう正式に禁止を言い渡すに至った、というわけだ。

 高野弁護士は、それが正式な裁判所の処分であることを確認したうえで、異議を申し立てた。しかし景山裁判長は、「異議を棄却します」ととりあわなかったため、高野弁護士は東京高裁に異議申立の手続きを行った。

 

PCは弁護活動に必須の道具

 刑事事件の経験豊富な高野弁護士は、これまで全国各地の裁判所で弁護活動を行ってきた。法廷では弁護人席にある電源タップに電源コードを差し込んでノートパソコンを使用するのが当たり前になっていて、これまでどこの裁判所でもクレームを受けたことはない。同じ横浜地裁でも、別の裁判長が担当する事件の公判前整理手続きでは、何事もなく電源を使えた、という。

 高野弁護士は、弁護側の書面や証拠だけでなく、検察側の書面や開示された証拠、裁判所の決定などもすべてpdf化してパソコンで管理。もはやパソコンは必須の道具だ。裁判所が証拠の採否を決め、双方の主張を整理する公判前整理手続きでも、書面や書類を確認したり、メモを採ったりするのにパソコン使用は欠かせない。

 朝フル充電して家を出ても、複数の裁判を抱える出ずっぱりの時も多く、日中はほぼずっとノートパソコンを使い続けているので、とても事務所に戻るまでバッテリーはもたない。

 また、高野弁護士はプリンタを法廷に持ち込み、必要な書面を印刷して、証人に示して尋問を行うこともある。当然、プリンタを作動させるにも電気が必要だ。

 今回の処分に、高野弁護士はこう嘆く。

「我々は法廷で私的な営業活動をやっているわけではない。刑事司法の運営上、(刑事弁護という)必須の部分を担っている。この程度の認識の裁判官がいるのかと、愕然とした」

 

「何時代の話?」と驚く弁護士たち

 紙の書類だけで行っていた時代と異なり、刑事裁判も最近は、ITシステムを導入している。

 そんな時代に、弁護人に法廷の電源を使わせないというのは、かなり時代錯誤的な対応に思える。同じ弁護人の立場では、今回の出来事はどう見えるのか。

 SNSでは、「国の電気」使用禁止命令に、弁護士らから「何時代の話か」「裁判長は正気なのか?」などと驚きの声があがっている。異例の処分だが、前例がないわけではないらしい。

 愛知県弁護士会の金岡繁裕弁護士のブログによると、かつて、名古屋地裁にも弁護人の電源使用を禁じた裁判長がいた。その法廷では、コンセントにガムテープを貼り付けて使えなくする、念の入れようだった。ただ、その裁判長が異動になると、いつの間にかガムテープは剥がされ、同地裁の法廷でも使用は可能になったようだ。

 高野弁護士と同じく、刑事弁護人としての経験が豊富な後藤貞人弁護士(大阪弁護士会)は、電気使用禁止は今の刑事裁判の実情を反映していない、という。

「かつての証人尋問では、紙の証拠を引っ張り出して証人に示したり、コピーを裁判官や検察官に見せて確認したうえで書き込みをさせたりと、時間がかかりました。今では、弁護人のパソコンから証拠を裁判官や検察官のモニターに示し、証人には書画カメラを使って書き込みをさせることもよく行います。その方が時間的にはるかに効率がいい。今の時代、裁判所のコストに電気代は組み込まれているはずです」

 

弁護人の位置づけと裁判所の義務

 法的には、今回の処分をどう見るべきか。刑事訴訟法の専門家に意見を聞いた。

辻本典央・近畿大教授(刑事訴訟法)は、「景山裁判長は、刑事事件の弁護人を、民事事件の代理人のように見ているのではないか」と疑問を呈する。

「しかし、憲法など日本の法制度やこれまでの裁判所の考えでは、刑事事件の弁護人は公的な役割を果たしており、その役割を尊重してきました。公判前整理手続きであっても、弁護人がいなければ開くことができません。今の時代、弁護人が法廷でパソコンを使うのは当然。電気を使うことをとがめる裁判長は、弁護人の位置づけを正しく理解していないのではないか」

斎藤司・龍谷大学(刑事訴訟法)も、電源使用禁止に異議を唱える。

「刑事裁判は、裁判所という施設で公平な裁判をやるのが基本です。その施設で、円滑な裁判が行えるように環境を整えるのは、国の義務です。今は、電気を使わないと裁判はできません。(電気の提供は)必要な基盤整備です。

 それに、裁判長には電気の使用を禁じる権限があるのかも疑問です。裁判長は果たして裁判所の電気の管理者と言えるのでしょうか」

 

「時々変な裁判官が……」

 裁判官経験者には、本件はどう見えるのだろうか。

「時々、こういう訳の分からない訴訟指揮をする、変な裁判官がいるんですよ。困ったものです」

 そう慨嘆するのは、元東京高裁裁判長の木谷明弁護士だ。

「弁護人がつけられない人には国選弁護人がつきます。この裁判長は、国選弁護人の活動も『私的』と言うんですかね。今回の事件(覚せい剤密輸)は、『必要的弁護』と言って、弁護人がいなければ審理が開けません。審理をするうえで、弁護人は必要不可欠で、公的な存在です。その弁護人が弁護活動のためにパソコンを使い、電気を使うのは、決して『私的使用』ではありません」

 

 最高裁で裁判官を務めた山浦善樹弁護士は、弁護士の活動についての裁判官の無理解を指摘する。

「裁判官は、法廷に出るのに、裁判官室から身ひとつでエレベータで移動するだけでよく、記録は書記官が用意してくれます。事件ごとに書類やパソコンを抱えて、いくつもの法廷に出向く弁護士の状況が分からないんでしょう。

 そのうえで、裁判所にはこう助言する。

「刑事裁判は、『(弁護人も含め)三人そろわないと成り立たないいゲーム』です。裁判所は、必要な設備を整えて、むしろ『不具合があったら言って下さい』と気遣うくらいでちょうどいい。そういう対応をしてこそ、裁判所に対する国民の信頼も得られると思いますよ」

 

 最後に、元福岡高裁長官の中山隆夫弁護士に聞いた。

「電気代は裁判所が払うわけで、(弁護人の使用は)理屈の上では便宜供与と言えます。ですから裁判所の裁量で、必要性を勘案し、合理的な範囲内で認めるわけですが、普通の裁判所は(弁護活動での使用は)必要性や合理性を幅広く見て対応しているはずです。今やパソコンは、(裁判において)従来の紙と鉛筆にも匹敵します。弁護人が使っている鉛筆が折れた時、裁判所の鉛筆を貸して下さいと言われて、断る裁判官はそうはいないはずです。今回は、なんでこういう対応になったんですかね?」

 そう首をひねる中山弁護士は、裁判官時代、早い時期から法廷の裁判官席にパソコンを持ち込んでいた。

「今後の裁判所はますますIT化していきますから、(弁護人の電気の使用については)ここで議論しておいた方がいいと思います」

 

 たかが電気、かもしれないが、されど電気、である。裁判長の裁量によって、弁護人が使えたり使えなかったりするのでは困るのではないか。

 それに――景山裁判長の言い分を聞いていないので断定的な評価は避けるが――今回の対応には、何か権威主義的なにおいを感じてならない。それに対して、東京高裁がどのような判断を出すのか、注目している。