出光創業者レガシーを“横取り”してまでホルムズ海峡の手柄を強調する高市首相「焦り」と「不安」
先の見通せない中東情勢を背景に、日本国内で拡大するエネルギー供給不安。政府は「十分な備蓄がある」と繰り返しアナウンスしていますが、はたしてそれは信じるに値するのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、高市政権の情報発信や危機対応能力を検証。さらに「トランプ頼み」とも言うべき日本外交の危うさと、「令和のオイルショック」が現実化しかねない状況について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:出光佐三の遺産とトランプに賭ける高市政権の危うさ
「出光丸」ホルムズ海峡通過は誰の成果か。出光佐三の遺産とトランプに賭ける高市政権の危うさ
高市首相は4月30日、イランのペゼシュキアン大統領と電話会談を行ったあと、記者団の取材に応じ、こう語った。
「日本関係船舶が1隻、ホルムズ海峡を無事通過するという過程におきましては、私自身、ペゼシュキアン大統領に直接働きかけを行ってきたほか、茂木外務大臣を中心に、現地の大使館を含めてイラン側との間で様々な調整を行ってまいりました」
出光興産が保有する原油タンカー「出光丸」がホルムズ海峡を無事通過したのは、高市首相や茂木外務大臣がイラン側に働きかけた成果だとでもいわんばかりの発言である。
もちろん、高市首相らが働きかけたのは事実だろう。しかし、日本人3人が乗船し、名古屋港に向かう「出光丸」の航行をイラン側が許した決め手は、出光興産との間に長年にわたる信頼関係があったからに違いない。
もともとイラン人の親日感情は、必ずしも日本政府に対するものではない。イランが石油資源の国有化を1951年に宣言したさい、それに怒ったイギリスが軍艦をペルシャ湾に派遣したが、出光興産の石油タンカー「日章丸」は、イギリスの監視の目をかいくぐって石油の輸入に成功。イギリスの独占状態は崩れ、豊富な資源の恩恵がようやくイラン国民に行き渡るようになった。
イランから命がけで石油を運ぶ決断をした出光佐三は、今もイラン国民の間で「困った時に助けてくれた友人」として語り継がれているといわれる。ホルムズ海峡封鎖という非常時であればこそ、“佐三スピリット”を受け継ぐ出光社員の対イラン交渉における“突破力”が生かされたとみるべきだろう。
むしろ、高市首相は民間のレガシーによって実現した「例外的な通過」を、あたかも政府の働きかけの結果であるかのように演出せざるを得ないほど、窮地に立たされているといっても過言ではない。
日米首脳会談で親トランプの姿勢を鮮明にし、自らイランとの直接交渉を難しくしてしまった高市首相が、いくらペゼシュキアン大統領と電話会談したことを強調しても、その結果でイラン側から色よい返答を得られたわけではないのは会見内容から明らかである。もし、大統領に直談判して出光丸のホルムズ海峡通過を約束させたのなら、はっきりそう言うはずだ。
高市首相の狙いははっきりしている。政府はイラン側と前向きに話し合いを続けており、今後も日本関係の船舶が海峡を通航できるだろうという期待感を国民に抱かせることだ。
背景には、原油やナフサの供給に対する不安が日に日に高まっていることがある。とりわけプラスチックや建材など生活に欠かせない製品の材料であるナフサについて、マスコミ各社が、シンナーなど材料不足に困惑する塗装業者や、手袋・ガウンといった医療資材の在庫がなくなりそうな病院関係者の嘆きを報じているため、国民にとってはより身近な脅威として迫ってきている感が強い。
高市政権は石油の備蓄量など「数字上の余裕」を盾に楽観的なアナウンスを繰り返しているが、識者からは疑問の声が強い。
政府が「足りている」と言い張っても「やはり足りない」現実
論議を呼んだのは、日本石油出身で、資源エネルギー庁有識者委員でもある境野春彦氏が4月4日放送のTBS「報道特集」で、ナフサの供給について「日本は6月に詰む」と発言したことだ。
日本のナフサ調達は、国内で原油から精製する割合が39.4%、中東からナフサを輸入する割合が44.6%、中東以外から輸入する割合が16.0%とされている。経産省は中東以外からの輸入を2倍に増やすとしているが、それについて境野氏は以下のように指摘した。
「中東以外の輸入が2倍になったところで、需要の半分も満たしていない。どこが安心なんだという話。間違いなく今の状況が続いたら、日本は6月に詰む。もう『ホルムズ海峡を通る』一択しかない」
「6月に詰む」は、いかにもセンセーショナルだ。高市支援のネット民から境野氏に対する批判の声が湧きあがり、中には誹謗中傷の類まで飛び出した。
高市首相もXで反論した。
「少なくとも国内需要4ヶ月分を確保しています。『日本は6月には供給が確保できなくなる』という指摘は事実誤認であり、そのようなことはありません」
高市首相が最も恐れるのは、第1次オイルショック(1973年)のトイレットペーパー買い占め騒動のようなパニックが起きることだ。「紙がなくなる」とのデマが拡散、紙製品が店頭から消え、価格が約3倍に急騰する狂乱物価を引き起こした。「一強」支配による安定をめざす高市首相として、絶対に避けたいのが生活の混乱の視覚化である。
高市首相は4月30日のX投稿でも、ナフサについて楽観的見通しを示した。下記はその一部だ。
ナフサについては、備蓄原油を用いた国内でのナフサの精製を継続していることに加え、中東以外からのナフサの輸入が、中東情勢緊迫化の前の水準に比べると、5月には「3倍」となります。これらの輸入ナフサは5月から日本に届きます。ポリエチレンなどの中間段階の化学製品の在庫は、本日の統計なども踏まえると、まだ1.8か月分あり、これらをあわせると、ナフサ由来の化学製品の供給は、これまで「半年以上」とお伝えしてきたところから、更に伸び、「年を越えて継続」できる見込みです。
詳細な説明からは必死さが伝わってくる。どうやら、国内で備蓄原油から精製するナフサと、5月から3倍となる中東以外からのナフサ、それにポリエチレン(レジ袋やラップ)1.8か月分の在庫を合わせれば今年いっぱいかそれ以上はもつということらしい。
だが、境野氏が言うように、そもそも16%しか占めていない中東以外からの輸入ナフサが3倍に増えたところで需要には届かず、安心にはほど遠いのではないか。言うまでもなく、備蓄原油や在庫はいずれ尽きる。
要するに、ホルムズ海峡が解放され、中東からの原油やナフサを積んだタンカーや商船が自由に航行できる時が来ない限り、当然のことながら問題は解決しないのだ。
高市首相はさらに言う。「一部の事業者が将来の石油製品の供給について不安を感じ、普段よりも多く石油製品を発注してしまった結果、生産メーカーや商品卸売の混乱を招いてしまったという事例もあったようです」
つまり、建材やシンナー、医療用手袋といった製品の品不足は、一部の業者が過剰に抱え込んだために起きたことで、総量としては足りているはずだから、前年同月なみの調達におさえてほしいというわけなのだろう。
だが、中東の緊張がいつまで続くか見通せない現状で、冷静な判断ができるだろうか。石破政権における“米騒動”でもそうだったが、政府が「足りている」と言い張っても、現実にはやはり足りない。
政府が「足りない」と認めた瞬間に生まれる「社会部ネタ」
むろん、高市首相が不安材料の打消しに躍起となる気持ちもわからぬではない。もし今、高市首相が節電や省エネを国民に呼びかけたら、どうなるか。政府が「足りない」と認めた瞬間に、国民は「今買わなければ」と生存本能にかきたてられる。ガソリンスタンドへの行列、プラスチック容器や日用品の店頭からの消失など、ありとあらゆる“社会部ネタ”が生まれるだろう。
国内生産が中心だった1973年当時と違い、グローバル化が進んだ現代のサプライチェーンは、ナフサ一つ止まるだけでドミノ倒しのように全産業に波及する。むろん株価は暴落、円安はさらに進み、「コストプッシュ型インフレ」に拍車がかかるだろう。
そして、これまで「大丈夫だ」と言っていたのは嘘だったのかと批判が噴出し、国民の不安と乖離した楽観的見通しが仇となって、政権の求心力が一気に瓦解する可能性が高い。
石油もナフサも枯渇するのは時間の問題だ。それでも、高市首相が「大丈夫」と言い続けるのは、米中間選挙を11月にひかえたトランプ大統領がそれまでには決着をつけるだろうという希望的観測があるからではないだろうか。
トランプ大統領にとって、11月の中間選挙は「第2次政権」の成否を分ける最
大の関門だ。米国の有権者はガソリン価格に極めて敏感だ。イラン戦争の影響
で価格が高騰し続ければ、共和党の敗北は避けられない。
4月の演説でトランプ氏は「数週間以内に軍事目標を達成する」と豪語したが、5月に入った今もホルムズ海峡は封鎖されたままだ。最大の政治的後ろ盾であるトランプ氏が「すぐに終わらせる」と言っている以上、高市首相が「長期戦に備えて省エネを」と国民に呼びかけるのは難しいのも実情だ。
専門家の中からは、ホルムズ海峡が正常化するには数年を要するという見方も出ている。そんな状況においても、「トランプ氏が解決してくれる」というシナリオに固執せざるを得ないのが今の高市首相の姿ではないか。だとすれば、国家の命運を危うい賭けに委ねているという見方も、あながち大袈裟すぎるとは言えないだろう。
首相が最も恐れる「パニック」は、実はすでに始まっている。それは政府のアナウンスと現場の窮状の間に生じた深い亀裂だ。政府が「大丈夫だ」と繰り返すのは、国民を安心させるためというより、政府自身が現実を直視する勇気を持たないからではないか。
時期がいつであれ、現実に棚から製品が消え、工場が止まれば、言葉のメッキは剥がれ落ちる。その時、国民が直面するのは「令和のオイルショック」という物理的な困窮だけでなく、政治に対する致命的な不信感にほかならない。


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