PR

日本は何度同じ石油危機を繰り返すのか ホルムズ危機からの教訓 本当の試練は“危機の後”に来る

スポンサーリンク
原油の代替え輸送ルート エネルギー

日本は何度同じ石油危機を繰り返すのか ホルムズ危機からの教訓 本当の試練は“危機の後”に来る

今回の戦争で原油調達多角化に舵を切った日本は再び中東依存に戻るのか?何度も繰り返されてきた悪夢!

14日、米国とイランが停戦と海上交通の正常化に向けた合意に達したとの一報が流れた。市場は歓迎した。原油価格は下落し、ホルムズ海峡をめぐる最悪のシナリオは遠のいたとの見方が広がった。多くの人は胸をなで下ろしただろう。

だが、私はそのニュースを聞いて別のことを考えた。日本はまた同じことを繰り返すのではないか。

◆「調達先の多角化」繰り返されてきた議論

私は中東担当記者として、半世紀にわたり繰り返されてきた石油危機を身近で取材してきた。1973年のオイルショック。1979年の第2次オイルショック。1980年代のイラン・イラク戦争によるタンカー戦争。1990年の湾岸戦争。そして2019年のホルムズ海峡周辺でのタンカー攻撃事件。そのたびに日本では同じ議論が繰り返された。

「中東依存から脱却せよ」

「調達先を多角化せよ」

「エネルギー安全保障を強化せよ」

しかし危機が去ると、その声もまた消えていった。理由は単純である。中東原油が最も安く、最も大量に、最も効率よく調達できたからだ。経済合理性は常に安全保障上の懸念に勝った。

そして2026年、日本は再びホルムズ海峡の前に立たされた。

2月末、米国とイスラエルによる対イラン攻撃を受け、イランはホルムズ海峡を事実上封鎖した。世界の原油輸送の大動脈は麻痺し、日本もまた危機対応を迫られた。日本政府と石油業界は、ホルムズ海峡を通らない調達ルートの確保に全力を挙げた。

サウジアラビアの東西パイプラインを利用して紅海側のヤンブー港から輸送するルート。UAEのフジャイラ港を活用するルート。さらに米国産シェールオイルや中南米産原油、中央アジア産原油の調達拡大。政府は、7月までに、ホルムズ海峡を経由しない代替調達率を100%に引き上げる見通しを示している。もし実現すれば歴史的成果である。

しかし皮肉なことに、日本がようやく本格的な調達先多角化へ動き始めたその矢先に、ホルムズ危機は緩和へ向かい始めた。だからこそ私は不安になる。日本の調達先多角化は本当に実現するのだろうか。

危機の最中には誰もが安全保障を語る。しかし平時になるとコストが語られる。そして安全保障は忘れられる。日本は再び「安くて便利な」ホルムズ海峡経由の中東原油へ回帰するのではないか。

実はそれこそが、過去50年間繰り返されてきた歴史だった。

◆日本のエネルギー安全保障 試練はこれから

今回のホルムズ危機は、日本にとって想定外の災害ではない。むしろ半世紀にわたり先送りしてきた課題の請求書が届いたと言うべきだろう。危機のたびに叫ばれた多角化は、結局は十分に実現されなかった。その結果として、日本は再びホルムズ海峡への依存から抜け出せずにいたのである。

もちろん調達先の分散にはコストがかかる。米国産原油は輸送距離が長い。中東産とは性質の異なる原油を処理するためには、製油所の設備投資も必要になる。しかし安全保障とは本来そういうものだ。平時には無駄に見える余裕を持つことこそが、有事に国家を守る。

今回、日本は危機の中で多角化への道筋を見つけた。だが本当の試練はこれからである。ホルムズ海峡が再び開き、原油価格が下がり、世間がこの危機を忘れたとき、日本は何を選ぶのか。再び「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のか。それとも今回を最後の警告として、調達先の分散、製油所の柔軟化、備蓄強化、さらには石油依存そのものの低減へと進むのか。

危機の最中に多角化を進めることは難しくない。難しいのは危機が終わった後に、それを維持することだ。日本は石油危機を何度も経験してきた。だが、同じ教訓を何度も学び直してきた国でもある。

ホルムズ危機は終わるかもしれない。しかし日本のエネルギー安全保障の試験は、むしろ今始まったばかりなのである。

(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

コメント

タイトルとURLをコピーしました