登山も食料・水も持たず、川の水や狩猟で確保するスタイル
凄い人がいました。
山登りをするのに、食料を持たず“現地調達”で登るというのです。
現地調達といっても、現地のお店で食料を買うというのではありません。それでは、普通です。
山登りの最中で木の実を食べたり、川で魚を釣ったりして自然の中から食料を調達して、山登りをするというのです(それを「サバイバル登山」というそうです)。文明の力を借りずに、自分の力一つで自然に挑んでみようという哲学を持った人です。
服部文祥(ぶんしょう)という人です。
山岳雑誌の記事を書いたり、編集なので生計を立てている人です。
その服部さんが廃村で自給自足を目指して暮らした体験を書いた本が、『お金に頼らず生きたい君へ』(服部文祥著、河出書房新社)です。
私は誰も居なくなった廃村で暮らすということに興味があり、買って読んでみました。
私自身も、不正選挙だけでなく国民を不幸にすることしかしない日本の政府に愛想が尽きているところがあって、行政の力を借りない暮らしをしてみたいという願望があります。
完全自給自足とはいきませんが(例えば生命の維持に必須な塩を作ることは難しい)、行政に全く頼らず、自分で水や食料を調達して生きていくという生活です。
それは、電気、ガス、水道など生活に必須なインフラを自分で構築することができれば、充分に可能だと思っています。
今回は、そんな服部さんが、いかにして廃村の物件を手に入れたかという話を紹介したいと思います。
現在、日本の空き家は900万軒にのぼるといいます。
日本全体の家屋数は6500万軒なので、7軒に1軒が人が住んでいない空き家です。
人口が増え続けている東京などの大都会では空き家は少ないと思いますが、私が住んでいる長野のような田舎では、その割り合いがずっと高いはずです。
さらに現在日本は、生まれる人より死亡する人が多い死亡超過の状態であり、年間90万人づつ人口が減っています(外国人を含まない)。
必然的に、空き家はこれから加速度的に増えていくので、田舎で廃村になる地域はどんどん増えていきます。
そうした空き家の増加により、都会から田舎に移住する人が増えてくるかもしれません。
では、服部さんが廃村の物件をいかにして取得したか紹介します。
服部さんは横浜に自宅があり、その横浜から通える廃村を探したようです。
・・・<『お金に頼らず生きたい君へ』、p25~p32から抜粋開始>・・・
登山で知った廃村
そこで私は登山に赴(おもむ)くときに野生環境内に孤立した定住地を探すようになった。実際、潰れかけたような古民家なら、ちょっと田舎に行けば、土地ごと0円から500万円くらいで売りに出ていた。登山で山に向かうバスの中から、潰れかけた空き家を、「あの家いくらかな」と考えながら眺めた。あらかじめ空き家物件の情報をインターネットで調べて、下山後に立ち寄ってみたりもした。
そんなことをしながらも、実はずっと気になっていた土地と古民家があった。それは10年ほど前に登山で通過した蕗沢(ふきさわ)集落という廃村の小蕗(こふき)地区に建つ古民家だった(村名・地名は通称で行政上の正式名ではない)廃村は主要な道路から3キロほど離れた山中の谷間にあり、静かで自由に自力の生活ができそうな環境に見えた。
山の近くに拠点を探し始めてしばらくして、廃村小蕗と山をふたつ挟んだ隣の(といっても5キロくらい離れている)集落で、古民家が100万円で売りに出ていた。現場を見に行くとその家は、村の外れに建っている大きくて立派な古民家で、裏はすぐに山で燃料は調達でき、近くには清流も流れていて水の心配もない、理想の環境に見えた。
だから私はその隣村の100万円の古民家を「買う」ことにした。
もしかしたら、100万円の古民家を拠点にして、気になっている蕗沢集落の小蕗地区にも近づけるかもしれない。遠回りで割高だが、売りに出ている古民家も魅力的な物件だったし、「今行動を起こさなければ、年齢を重ねて、体が動かなくなる」という中年オヤジの変な焦りもあった。
そして、その売りに出ていた古民家の販売を担当する工務店(不動産屋ではなく、工務店が販売の代行をしていた)に連絡をすると、「購入を検討している先客がいるので、少し待って欲しい」という連絡が返ってきた。
そしてすぐに「その先客が購入することになった」という連絡が続いた。どうやら、私が欲しいと表明することが先客の購買意欲に火をつけてしまったらしい。
買うと決めた家を買えないというのは失恋に似ている。思い描いていた暮らしが遠のき、心にぽっかりと穴が空いたようだった。
だが、100万円の古民家の購入を真剣に検討し、行動したことで、気持ちが少しほぐれて、私は大胆になることができた。それまでは田舎の土地や家は、先祖代々伝わる大切なもので、よそ者に売ってくれるわけがないと決めつけていた。廃村に建つ廃屋のような古民家に移住したいと表明することで「おかしな奴だ」と気味悪がられるのではないかとも恐れていた。そもそも誰になにを聞けばいいのかさえ、まったくわかっていなかった。
100万円の古民家を購入しようとしたことで、現地で古民家再生事業をおこなう人と知り合いになり、まったくつてのない田舎の家を購入するには、まず持ち主を探し出し、こちらの希望を伝えて交渉するしかないということもわかった。
私は意を決して古民家再生事業をおこなうⅠさんに、「10年前から気になっていた、蕗沢集落の小蕗地区の古民家の持ち主さんを捜して欲しい」と訴えてみた。こうなったらもう、変人と思われたってかまわない。もし気持ち悪がられたら、今後その地域には近づかなければいいだけだ。
これが、2018年年末のことである。
Ⅰさんは、そのまま音信不通になってしまった。廃村の廃屋を欲しがる私を気味悪がって連絡をしてこないのだと思った。
3ヶ月待っても連絡は来なかった。春になったある日、私は思いきって催促のメールを送ってみた。
「年度末で忙しかったので動いていなかった」というメールが返ってきて、数日後に「持ち主さんが見つかりました」と続いた。「感じのよい方で、服部さんの希望がかなうんじゃないですか」とⅠさんのメールにはあった。
「服部さんの希望」と言われてドキリとした。私の希望とはなんだろう? とんでもない誤解を抱かれているのではないか。とても買えないような値段で話が進んでしまい、そういうつもりではなかったと断ったら、賠償金を請求されるのではないのか。
私の希望を遠慮なしに言うなら、「周辺の土地と家を無料で譲ってください」ということだった。だが、そんな都合のいい話があるとは思えなかった。
廃屋土地付き20万円
廃村の最寄り駅である小さな街へは横浜の自宅から3時間ほどだった。Ⅰさんがその駅の近くで、家主さんとの話し合いの席を設けてくれた。私は周辺の空き家情報を数枚プリントアウトして持参した。もしとても払えないような値段を言われたら、周辺で売りに出ている古民家の値段をネタにして、値下げ交渉しようという腹づもりだった。だが、もし値段交渉になったら、この話はまとまらずに終わるだろうとも覚悟していた。
持ち主さんはこコニコした気持ちのよい方で「全部そちらの希望どおり自由にしてください」という以外ほとんど口にしなかった。
にわかに信じがたかったので、具体的にどういうことかをさらに問いただすと、「親戚の関係もあるので断言しにくいですが、無料で差し上げます」とのことだった。家屋は書類上存在していない廃屋なので無料、私は土地の所有権の書類にまつわる事務手数料だけ払えばいいらしい。
巧妙に仕組まれたサギではないかと思った。だが、言い出しっぺは私なので、サギのわけはない。サギだとしたら私が私を騙(だま)していることになる。ほっぺをつねりたい気分だった。
話しているうちに、なんとなく伝わってきた持ち主さんの希望は、親族たちがその土地で積み重ねてきた時間を大切にして欲しい、ということだと私は理解した。もちろん、私も更地にしてプラモデルのような家を建てるつもりはまったくない。私が求めているのは人と山のいにしえから変わらない時空間だった。
「そうと決まったら、不動産屋さんを呼んで話を進めてしまいましょう」とⅠさんが、懇意にしている不動産屋さんのTさんに電話をした。
現れたのは、古民家を中心に地元の物件を斡旋している不動産屋さんで、その不動産屋さんが「しかるべき値段で金銭の取引をしたほうが、役所関係の話がスムーズになりますし、私たちも仕事としてできます。お二人がよければ、適当な値段をつけることをお勧めします」と提案した。
適当な値段とはいったいいくらなのだろう。
「お金はいりませんよ」と持ち主さんが笑った。
「後々のことを考えたら、けじめのような金銭取引があったほうが安心です」と不動産屋のTさんが私にささやいた。無料だと「やっぱり返せ」ということが起きかねないということだろう。目の前の家主さんはよい人でも、どのような親戚がいるかまではわからない。
「いくらくらいですか」と聞いた。
「うーん」とTさんはちょっと考えて「20万でどうでしょうか」と言った。私は心の中で30万円くらいかなと考えていたので、その値段にちょっと安堵し「じゃ、それでお願いします」と答えた。
「お金はいらないですよ」と家主さんは繰り返した。
「親族の集まりがあったときにみんなで飯でも食べてください」と私は言った。
その後、家主さんの自宅の倉から、周辺の土地の書類が芋づる式に出てきて、不動産屋のTさんが調査した結果、約3000坪の土地があり、全部まとめて私に引き取ってもらいたいとのことだった。毎年の固定資産税が巨額になるのではないかと怖くなり、恐る恐る尋ねると、「全部あわせて1年1万円くらいですね」と言う。
「それなら全部譲り受けます」
「問題はほとんどの土地が農地で登録されていることです」
Tさんの説明によると、農地法という法律で農地は個人が自由に売買できないことになっているという。農地は農耕に使う場合しか、持ち主を替えられず、私が農地を手にするには農耕をすることを証明しなくてはならないらしい。
小蕗の周辺には栗の老木がたくさん生えていたので、栗農園をやることにした。私は栗が大好きなので、あながち嘘ではない。
だが、地元の法務局は横浜から通って農園をやるという私の主張は現実的ではないと判断し、農地の所有者を変更する許可は下りなかった。
ただ農地の用地目的を山林に変更することはできるという。事務手続きがひとつ増える分、書類などの雑費がかかるが、最終的には用地替えをすることで、すべての土地を私の名義とし、私は10年前から気になっていた、廃村小蕗の古民家を手に入れることができた。
≪家を手に入れるためにかかった費用≫
●家の値段(築100年以上の民家とバラバラの土地約3000坪)……20万円
●不動産の登記や手数料などもろもろ……40万円
●固定資産税……9000円弱/年
・・・<抜粋終了>・・・
私は、この文章を読んで大いに勇気づけられたところがありました。
私が田舎物件の情報を見ていて最初に気付いたことは、敷地が2~3000坪と広く、家屋もしっかりしているのに販売価格が異常に安い物件があることです。そしてそこには必ず、「農地法の適用あり」という文言が付いていました。
これは、農地指定された土地は、農業をすることを証明しないと売ってくれないということです。
その審査をするのが地元の農業委員会で、会議で農業計画のプレゼンテーションをしたり、書類を提出したりして、審査を通る必要があるといいます。
こうした点でハードルが高くなり、私のように田舎でただのんびり暮らしたいという人間には、農地を売ってくれません。
こうした事情で、(本気で農業をやる気がない限り)価格の安い優良物件でも手を出せないのです。
それゆえ私は、「農地法の適用あり」の物件は買えないと思っていたのですが、「農地の用地目的を山林に変更する」ことが出来るケースがあるというのは新鮮な情報でした。
それすら審査があるのかもしれませんが、とにかく農地というだけで諦める必要はないということは私にとって朗報でした。
次は、廃村に実際に物件を買った服部さんのアドバイスです。
・・・<『お金に頼らず生きたい君へ』、p34~p38から抜粋開始>・・・
山中に古民家を買いたい君へ
お金にも文明にも頼らない暮らしは、一番新しい未来の暮らしだと私は思っている。だが表面的には、昔の人間がやっていた自然の中での暮らしと多くの部分が似通っている。だからそのような暮らしには、自然の豊かな土地が必要になる。
土地を安く手に入れるには、僻地や田舎に土地を探すのがよい。
都会のアパートが空き部屋だったら、必ず不動産屋の空き部屋情報に掲載される。だが、田舎の誰も住んでいない家は、ほとんど不動産物件として売りに出ていない。先祖代々受け継いだものなので、誰も住む予定がなくても、とりあえずそのまま所有しているのだ(固定資産税も安い)。もしくは、土地や家を相続する権利を持つ当人が、自分が土地や家の所有権を持っていることをまったく知らないこともある。私が廃村の家を手に入れたときも、いくつかの土地の権利証は、明治時代の書類で、家主さんのお祖父さんの登録のままになっていた。
だからもし、田舎に気に入った土地や空き家があったら、たとえ売りに出ていなくても、購入したり借りたりできる可能性は充分にある。
買ったり借りたりするには、まず、その家の持ち主さんを見つけなくてはならない。
近くに住んでいる人がいたら、聞いてみるのが一番早い。ただ地元の人にとって、あなたはよそから来た不審者である。笑顔で明るく挨拶することを忘れてはいけない。
持ち主さんがすぐにわからなければ、気になる土地の正確な番地(住所)から当たることになる。住所がわかれば、その土地を管轄する法務局(地方法務局)で、持ち主がわかる(手数料数百円)。ただ、山に入れば入るほど、正確な番地を知るのはむずかしい。地元の図書館に行って住宅地図を見て、番地が出ていれば幸運といえる。法務局に地図がある場合もある。地域の森林組合や、役場で番地の書かれた地図が手に入る場合もある。
地元の不動産屋に相談すれば、いろいろな情報をもっている。ただ、不動産屋さんは仕事なので、不動産取引で手数料が発生しない場合は、まったく儲けがない。だから、ただ同然の田舎の物件では動いてくれない。私が手に入れた廃村の物件を担当してくれたTさんは、地元の活性化を促す活動もしていたため、儲けの出ない仕事も快くやってくれた。そのような、良心的な不動産屋を見つけることができれば幸運である(悪徳不動産崖も存在するので気をつけよう)。
持ち主さんがわかったら交渉する。Tさんのような良心的な不動産屋さんであれば、経験を活かして仲介もしてくれる。
不動産屋さんの物件情報で、売りに出ている古民家や別荘を購入するなり、借りるなりする方法もある。「空き家バンク」といって自治体が居住者を探している取り組みもある。ただそうした売りに出ている家は、生活のシステムが街の住宅と同じになっていることが多い(沢水を引いたり、薪で調理したりできない)。
自分が住みたい土地、住みたい家を見つけることは難しい。人生の多くの時間を過ごす場所を決定するなんて、簡単にできることではないし、日本は広く、田舎はたくさんあるので、まったく知識や緑がなくては、どこから手を出せばいいかさえわからない。
地図を広げ、気になるところがあったら、2万5千分の1地形図を購入し、ハイキングがてら歩いてみるといいだろう。ハイキングや登山のついでに里山を巡ってきてもいい。移住する前に何度か通って家を整備することを考えると、現在、住んでいるところから、通える範囲が便利だが、都会に近いほど田舎度は低く、物件の値段も高くなってしまう。自転車で日本一周旅行をしている途中に出会いがあって、住み着いてしまったという話を聞いたこともある。
地域おこし協力隊という制度があり、地方に試しに住みながら、田舎の生活を体験することもできる。ただ協力隊は、地域おこしに従事しなくてはならない(給与が支払われる)。
・・・<抜粋終了>・・・
都会と比べて田舎の空き家率は高いので、服部さんのように、気に入った物件があったら、持ち主探しをするという手はありそうです。
ただそれは、服部さんのようなプロ(?)ならできることで、私のような素人は、まずは田舎物件の情報収集から始めるのがいいかなと思っています。
廃屋も一つの選択肢ですが、私はまず、広い土地と水が独自に確保できる土地を探そうかと思っています。
広い土地は、野菜や果樹などを育てる為です。そうした作物があれば、他のコミュニティーで生産された生活物資と物々交換できます。
水は井戸があるか、土地の敷地内に沢があればベストです。
極端な話、水さえあればなんとかなると思っています。
電気はソーラーで賄えるし、燃料は山が近くにあれば薪を拾えます。
「Cocomi channel」さんで言っていたのですが、生ごみや人間の排泄物を微生物の力でたった1日で土にかえす装置が市販されているそうです(実際に使用して実証済み)。そうだとすれば下水施設はもちろん合併浄化槽すら必要ありません。
工夫すれば、行政のインフラに全く頼らない、自給自足的生活が構築できそうです。
色々考えると楽しくなってきます。
(2026年2月21日)
山登りをするのに、食料を持たず“現地調達”で登るというのです。
現地調達といっても、現地のお店で食料を買うというのではありません。それでは、普通です。
山登りの最中で木の実を食べたり、川で魚を釣ったりして自然の中から食料を調達して、山登りをするというのです(それを「サバイバル登山」というそうです)。文明の力を借りずに、自分の力一つで自然に挑んでみようという哲学を持った人です。
服部文祥(ぶんしょう)という人です。
山岳雑誌の記事を書いたり、編集なので生計を立てている人です。
その服部さんが廃村で自給自足を目指して暮らした体験を書いた本が、『お金に頼らず生きたい君へ』(服部文祥著、河出書房新社)です。
私は誰も居なくなった廃村で暮らすということに興味があり、買って読んでみました。
私自身も、不正選挙だけでなく国民を不幸にすることしかしない日本の政府に愛想が尽きているところがあって、行政の力を借りない暮らしをしてみたいという願望があります。
完全自給自足とはいきませんが(例えば生命の維持に必須な塩を作ることは難しい)、行政に全く頼らず、自分で水や食料を調達して生きていくという生活です。
それは、電気、ガス、水道など生活に必須なインフラを自分で構築することができれば、充分に可能だと思っています。
今回は、そんな服部さんが、いかにして廃村の物件を手に入れたかという話を紹介したいと思います。
現在、日本の空き家は900万軒にのぼるといいます。
日本全体の家屋数は6500万軒なので、7軒に1軒が人が住んでいない空き家です。
人口が増え続けている東京などの大都会では空き家は少ないと思いますが、私が住んでいる長野のような田舎では、その割り合いがずっと高いはずです。
さらに現在日本は、生まれる人より死亡する人が多い死亡超過の状態であり、年間90万人づつ人口が減っています(外国人を含まない)。
必然的に、空き家はこれから加速度的に増えていくので、田舎で廃村になる地域はどんどん増えていきます。
そうした空き家の増加により、都会から田舎に移住する人が増えてくるかもしれません。
では、服部さんが廃村の物件をいかにして取得したか紹介します。
服部さんは横浜に自宅があり、その横浜から通える廃村を探したようです。
・・・<『お金に頼らず生きたい君へ』、p25~p32から抜粋開始>・・・
登山で知った廃村
そこで私は登山に赴(おもむ)くときに野生環境内に孤立した定住地を探すようになった。実際、潰れかけたような古民家なら、ちょっと田舎に行けば、土地ごと0円から500万円くらいで売りに出ていた。登山で山に向かうバスの中から、潰れかけた空き家を、「あの家いくらかな」と考えながら眺めた。あらかじめ空き家物件の情報をインターネットで調べて、下山後に立ち寄ってみたりもした。
そんなことをしながらも、実はずっと気になっていた土地と古民家があった。それは10年ほど前に登山で通過した蕗沢(ふきさわ)集落という廃村の小蕗(こふき)地区に建つ古民家だった(村名・地名は通称で行政上の正式名ではない)廃村は主要な道路から3キロほど離れた山中の谷間にあり、静かで自由に自力の生活ができそうな環境に見えた。
山の近くに拠点を探し始めてしばらくして、廃村小蕗と山をふたつ挟んだ隣の(といっても5キロくらい離れている)集落で、古民家が100万円で売りに出ていた。現場を見に行くとその家は、村の外れに建っている大きくて立派な古民家で、裏はすぐに山で燃料は調達でき、近くには清流も流れていて水の心配もない、理想の環境に見えた。
だから私はその隣村の100万円の古民家を「買う」ことにした。
もしかしたら、100万円の古民家を拠点にして、気になっている蕗沢集落の小蕗地区にも近づけるかもしれない。遠回りで割高だが、売りに出ている古民家も魅力的な物件だったし、「今行動を起こさなければ、年齢を重ねて、体が動かなくなる」という中年オヤジの変な焦りもあった。
そして、その売りに出ていた古民家の販売を担当する工務店(不動産屋ではなく、工務店が販売の代行をしていた)に連絡をすると、「購入を検討している先客がいるので、少し待って欲しい」という連絡が返ってきた。
そしてすぐに「その先客が購入することになった」という連絡が続いた。どうやら、私が欲しいと表明することが先客の購買意欲に火をつけてしまったらしい。
買うと決めた家を買えないというのは失恋に似ている。思い描いていた暮らしが遠のき、心にぽっかりと穴が空いたようだった。
だが、100万円の古民家の購入を真剣に検討し、行動したことで、気持ちが少しほぐれて、私は大胆になることができた。それまでは田舎の土地や家は、先祖代々伝わる大切なもので、よそ者に売ってくれるわけがないと決めつけていた。廃村に建つ廃屋のような古民家に移住したいと表明することで「おかしな奴だ」と気味悪がられるのではないかとも恐れていた。そもそも誰になにを聞けばいいのかさえ、まったくわかっていなかった。
100万円の古民家を購入しようとしたことで、現地で古民家再生事業をおこなう人と知り合いになり、まったくつてのない田舎の家を購入するには、まず持ち主を探し出し、こちらの希望を伝えて交渉するしかないということもわかった。
私は意を決して古民家再生事業をおこなうⅠさんに、「10年前から気になっていた、蕗沢集落の小蕗地区の古民家の持ち主さんを捜して欲しい」と訴えてみた。こうなったらもう、変人と思われたってかまわない。もし気持ち悪がられたら、今後その地域には近づかなければいいだけだ。
これが、2018年年末のことである。
Ⅰさんは、そのまま音信不通になってしまった。廃村の廃屋を欲しがる私を気味悪がって連絡をしてこないのだと思った。
3ヶ月待っても連絡は来なかった。春になったある日、私は思いきって催促のメールを送ってみた。
「年度末で忙しかったので動いていなかった」というメールが返ってきて、数日後に「持ち主さんが見つかりました」と続いた。「感じのよい方で、服部さんの希望がかなうんじゃないですか」とⅠさんのメールにはあった。
「服部さんの希望」と言われてドキリとした。私の希望とはなんだろう? とんでもない誤解を抱かれているのではないか。とても買えないような値段で話が進んでしまい、そういうつもりではなかったと断ったら、賠償金を請求されるのではないのか。
私の希望を遠慮なしに言うなら、「周辺の土地と家を無料で譲ってください」ということだった。だが、そんな都合のいい話があるとは思えなかった。
廃屋土地付き20万円
廃村の最寄り駅である小さな街へは横浜の自宅から3時間ほどだった。Ⅰさんがその駅の近くで、家主さんとの話し合いの席を設けてくれた。私は周辺の空き家情報を数枚プリントアウトして持参した。もしとても払えないような値段を言われたら、周辺で売りに出ている古民家の値段をネタにして、値下げ交渉しようという腹づもりだった。だが、もし値段交渉になったら、この話はまとまらずに終わるだろうとも覚悟していた。
持ち主さんはこコニコした気持ちのよい方で「全部そちらの希望どおり自由にしてください」という以外ほとんど口にしなかった。
にわかに信じがたかったので、具体的にどういうことかをさらに問いただすと、「親戚の関係もあるので断言しにくいですが、無料で差し上げます」とのことだった。家屋は書類上存在していない廃屋なので無料、私は土地の所有権の書類にまつわる事務手数料だけ払えばいいらしい。
巧妙に仕組まれたサギではないかと思った。だが、言い出しっぺは私なので、サギのわけはない。サギだとしたら私が私を騙(だま)していることになる。ほっぺをつねりたい気分だった。
話しているうちに、なんとなく伝わってきた持ち主さんの希望は、親族たちがその土地で積み重ねてきた時間を大切にして欲しい、ということだと私は理解した。もちろん、私も更地にしてプラモデルのような家を建てるつもりはまったくない。私が求めているのは人と山のいにしえから変わらない時空間だった。
「そうと決まったら、不動産屋さんを呼んで話を進めてしまいましょう」とⅠさんが、懇意にしている不動産屋さんのTさんに電話をした。
現れたのは、古民家を中心に地元の物件を斡旋している不動産屋さんで、その不動産屋さんが「しかるべき値段で金銭の取引をしたほうが、役所関係の話がスムーズになりますし、私たちも仕事としてできます。お二人がよければ、適当な値段をつけることをお勧めします」と提案した。
適当な値段とはいったいいくらなのだろう。
「お金はいりませんよ」と持ち主さんが笑った。
「後々のことを考えたら、けじめのような金銭取引があったほうが安心です」と不動産屋のTさんが私にささやいた。無料だと「やっぱり返せ」ということが起きかねないということだろう。目の前の家主さんはよい人でも、どのような親戚がいるかまではわからない。
「いくらくらいですか」と聞いた。
「うーん」とTさんはちょっと考えて「20万でどうでしょうか」と言った。私は心の中で30万円くらいかなと考えていたので、その値段にちょっと安堵し「じゃ、それでお願いします」と答えた。
「お金はいらないですよ」と家主さんは繰り返した。
「親族の集まりがあったときにみんなで飯でも食べてください」と私は言った。
その後、家主さんの自宅の倉から、周辺の土地の書類が芋づる式に出てきて、不動産屋のTさんが調査した結果、約3000坪の土地があり、全部まとめて私に引き取ってもらいたいとのことだった。毎年の固定資産税が巨額になるのではないかと怖くなり、恐る恐る尋ねると、「全部あわせて1年1万円くらいですね」と言う。
「それなら全部譲り受けます」
「問題はほとんどの土地が農地で登録されていることです」
Tさんの説明によると、農地法という法律で農地は個人が自由に売買できないことになっているという。農地は農耕に使う場合しか、持ち主を替えられず、私が農地を手にするには農耕をすることを証明しなくてはならないらしい。
小蕗の周辺には栗の老木がたくさん生えていたので、栗農園をやることにした。私は栗が大好きなので、あながち嘘ではない。
だが、地元の法務局は横浜から通って農園をやるという私の主張は現実的ではないと判断し、農地の所有者を変更する許可は下りなかった。
ただ農地の用地目的を山林に変更することはできるという。事務手続きがひとつ増える分、書類などの雑費がかかるが、最終的には用地替えをすることで、すべての土地を私の名義とし、私は10年前から気になっていた、廃村小蕗の古民家を手に入れることができた。
≪家を手に入れるためにかかった費用≫
●家の値段(築100年以上の民家とバラバラの土地約3000坪)……20万円
●不動産の登記や手数料などもろもろ……40万円
●固定資産税……9000円弱/年
・・・<抜粋終了>・・・
私は、この文章を読んで大いに勇気づけられたところがありました。
私が田舎物件の情報を見ていて最初に気付いたことは、敷地が2~3000坪と広く、家屋もしっかりしているのに販売価格が異常に安い物件があることです。そしてそこには必ず、「農地法の適用あり」という文言が付いていました。
これは、農地指定された土地は、農業をすることを証明しないと売ってくれないということです。
その審査をするのが地元の農業委員会で、会議で農業計画のプレゼンテーションをしたり、書類を提出したりして、審査を通る必要があるといいます。
こうした点でハードルが高くなり、私のように田舎でただのんびり暮らしたいという人間には、農地を売ってくれません。
こうした事情で、(本気で農業をやる気がない限り)価格の安い優良物件でも手を出せないのです。
それゆえ私は、「農地法の適用あり」の物件は買えないと思っていたのですが、「農地の用地目的を山林に変更する」ことが出来るケースがあるというのは新鮮な情報でした。
それすら審査があるのかもしれませんが、とにかく農地というだけで諦める必要はないということは私にとって朗報でした。
次は、廃村に実際に物件を買った服部さんのアドバイスです。
・・・<『お金に頼らず生きたい君へ』、p34~p38から抜粋開始>・・・
山中に古民家を買いたい君へ
お金にも文明にも頼らない暮らしは、一番新しい未来の暮らしだと私は思っている。だが表面的には、昔の人間がやっていた自然の中での暮らしと多くの部分が似通っている。だからそのような暮らしには、自然の豊かな土地が必要になる。
土地を安く手に入れるには、僻地や田舎に土地を探すのがよい。
都会のアパートが空き部屋だったら、必ず不動産屋の空き部屋情報に掲載される。だが、田舎の誰も住んでいない家は、ほとんど不動産物件として売りに出ていない。先祖代々受け継いだものなので、誰も住む予定がなくても、とりあえずそのまま所有しているのだ(固定資産税も安い)。もしくは、土地や家を相続する権利を持つ当人が、自分が土地や家の所有権を持っていることをまったく知らないこともある。私が廃村の家を手に入れたときも、いくつかの土地の権利証は、明治時代の書類で、家主さんのお祖父さんの登録のままになっていた。
だからもし、田舎に気に入った土地や空き家があったら、たとえ売りに出ていなくても、購入したり借りたりできる可能性は充分にある。
買ったり借りたりするには、まず、その家の持ち主さんを見つけなくてはならない。
近くに住んでいる人がいたら、聞いてみるのが一番早い。ただ地元の人にとって、あなたはよそから来た不審者である。笑顔で明るく挨拶することを忘れてはいけない。
持ち主さんがすぐにわからなければ、気になる土地の正確な番地(住所)から当たることになる。住所がわかれば、その土地を管轄する法務局(地方法務局)で、持ち主がわかる(手数料数百円)。ただ、山に入れば入るほど、正確な番地を知るのはむずかしい。地元の図書館に行って住宅地図を見て、番地が出ていれば幸運といえる。法務局に地図がある場合もある。地域の森林組合や、役場で番地の書かれた地図が手に入る場合もある。
地元の不動産屋に相談すれば、いろいろな情報をもっている。ただ、不動産屋さんは仕事なので、不動産取引で手数料が発生しない場合は、まったく儲けがない。だから、ただ同然の田舎の物件では動いてくれない。私が手に入れた廃村の物件を担当してくれたTさんは、地元の活性化を促す活動もしていたため、儲けの出ない仕事も快くやってくれた。そのような、良心的な不動産屋を見つけることができれば幸運である(悪徳不動産崖も存在するので気をつけよう)。
持ち主さんがわかったら交渉する。Tさんのような良心的な不動産屋さんであれば、経験を活かして仲介もしてくれる。
不動産屋さんの物件情報で、売りに出ている古民家や別荘を購入するなり、借りるなりする方法もある。「空き家バンク」といって自治体が居住者を探している取り組みもある。ただそうした売りに出ている家は、生活のシステムが街の住宅と同じになっていることが多い(沢水を引いたり、薪で調理したりできない)。
自分が住みたい土地、住みたい家を見つけることは難しい。人生の多くの時間を過ごす場所を決定するなんて、簡単にできることではないし、日本は広く、田舎はたくさんあるので、まったく知識や緑がなくては、どこから手を出せばいいかさえわからない。
地図を広げ、気になるところがあったら、2万5千分の1地形図を購入し、ハイキングがてら歩いてみるといいだろう。ハイキングや登山のついでに里山を巡ってきてもいい。移住する前に何度か通って家を整備することを考えると、現在、住んでいるところから、通える範囲が便利だが、都会に近いほど田舎度は低く、物件の値段も高くなってしまう。自転車で日本一周旅行をしている途中に出会いがあって、住み着いてしまったという話を聞いたこともある。
地域おこし協力隊という制度があり、地方に試しに住みながら、田舎の生活を体験することもできる。ただ協力隊は、地域おこしに従事しなくてはならない(給与が支払われる)。
・・・<抜粋終了>・・・
都会と比べて田舎の空き家率は高いので、服部さんのように、気に入った物件があったら、持ち主探しをするという手はありそうです。
ただそれは、服部さんのようなプロ(?)ならできることで、私のような素人は、まずは田舎物件の情報収集から始めるのがいいかなと思っています。
廃屋も一つの選択肢ですが、私はまず、広い土地と水が独自に確保できる土地を探そうかと思っています。
広い土地は、野菜や果樹などを育てる為です。そうした作物があれば、他のコミュニティーで生産された生活物資と物々交換できます。
水は井戸があるか、土地の敷地内に沢があればベストです。
極端な話、水さえあればなんとかなると思っています。
電気はソーラーで賄えるし、燃料は山が近くにあれば薪を拾えます。
「Cocomi channel」さんで言っていたのですが、生ごみや人間の排泄物を微生物の力でたった1日で土にかえす装置が市販されているそうです(実際に使用して実証済み)。そうだとすれば下水施設はもちろん合併浄化槽すら必要ありません。
工夫すれば、行政のインフラに全く頼らない、自給自足的生活が構築できそうです。
色々考えると楽しくなってきます。
(2026年2月21日)



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