日本が直面する「中東と東アジア」の危険な連立方程式
高市政権に解くことは可能か。中東と東アジアをめぐる連立方程式
アメリカとイスラエルによる対イラン戦争の勃発から10日が経過しましたが、事態は悪化の一途となっています。特に、ここ数日のアメリカの姿勢は、紛争の長期化を望むかのようであり、原油価格は高騰を始めました。開戦当初は冷静であった、アメリカ市場も不透明感から3月第1週は値を崩し、第2週に入っても下げが続いています。ダウ平均は、9日の午前中は、5万ドルの高値から6%下げた4万7,000ドル近辺となっていました。
とりあえず現状に関しては次の4つの「方程式」があると考えられます。
(1)イランは1979年の革命以来、強硬な保守派と穏健な現実派が競ってきた。その対立エネルギーを解消して団結するには「敵」が必要。そこでイラン・イラク戦争が戦われ、今はイスラエルを直接(核開発)で脅すか、間接(ヒズボラ、ハマスを使って)攻撃することで団結を模索。
(2)穏健派を勢いづかせて民主革命に誘導するには、今回の攻撃は逆効果であり、国内では徹底抗戦の勢いが出ていると見られる。
(3)イスラエルは本年10月の総選挙に対する危機感から、ネタニヤフ政権としては戦時を引っ張る必要があり、戦線拡大はむしろ願っているところ。
(4)アメリカでは湾岸などの同盟国への飛び火という予想外の展開から、世論との綱引きが始まっている。原油高はむしろ狙っていると考えられるものの、これも選挙対策としては行きすぎを是正する必要も出てきている。
ということで、3者ともに、当面この状況を停止する動機は薄いようです。アメリカの場合は、大統領が急速に翻意することで動きを止める可能性はありますが、イスラエルがその場合は暴走するかもしれず、その場合は問題が複雑化することもあり得ます。
という状況の中で、19日より訪米する高市総理には、自衛隊によるホルムズ海峡におけるタンカー護衛活動などが要請される可能性が否定できない状況です。
日本の場合ですが、とにかくバレル110ドルという水準にいきなり飛んでいるという状況は悪夢でしかありません。そんな中で、中東からのエネルギー輸送が難しくなった場合、高騰した原油価格を前提として日本はアメリカ産出のシェール・オイルなどの購入を申し出るとか、あるいはこれを契機として原発再稼働を進めるという代替案はあるにはあると思います。
それでもLNGの需給が逼迫する中では、仮にもLNG火力の稼働ができなかった場合に、重油の火力をフル稼働するとなると、排出ガスの問題は深刻になります。また、原発再稼働といっても、とにかく手続きには時間がかかります。そんな中では、海峡依存のゼロ化は非現実的、となれば自衛隊の派遣要請を断ることは難しいという判断に傾斜せざるを得ません。
この点に関しては、高市総理は「ホルムズ海峡の問題は存立事態にあらず」という見解を述べています。訪米前に、こちらから自衛隊派遣に「前のめり」になることは、得策でも何でもないので「フリーハンド」を確保したいのだと思います。一方で、小泉防衛相は「自衛隊の派遣を準備」するような言動をしており、これは恐らくアメリカにも伝わっている可能性があります。
こうした動きの全体は、近隣諸国、特に中国を刺激することになります。このことについては、日本の世論は理解しているのは間違いないと思います。例えば、アメリカの軍事プレゼンスが、今回のイランの問題により過度に中東に集中することになると、東アジアが手薄になり、台湾有事の危険が増す、そんな感覚はかなり幅広い世論に共有されていると思います。
高市支持者が冷静に考えるべき台湾海峡をめぐる問題
では、実際にこの台湾問題というのは、どのように理解したらいいのか、こちらも問題を構成している方程式を列挙してみたいと思います。
(5)不動産バブル崩壊の痛手は大きい中で、中国の国内経済を好転させる特効薬はない。その中で、経済対策の選択肢が政争の対立軸にはならない。そこで、政争としては台湾問題を強調することで、「どちらが強硬か?」を競うという不幸な事態が進行していると思われる。
問題はズバリ2028年の人事であって、習近平はポスト習近平の中に残っているものの、これに挑戦する動きもあると見る。したがって、これから「進攻準備の完了目標」である27年までは、現状の「台湾問題への強硬姿勢」が緩和される可能性は少ない
(6)一方で、香港の経緯を考えると、一国二制度という着地点はほぼ喪失したわけで、台湾側としてはソフトランディングのシナリオを採用するのは難しくなっている。
(7)問題は、対台湾への強硬姿勢が反日にリンクされてしまっているという問題で、これも簡単には解除できそうもない。
(8)そんな中で、法の支配、自由と民主という西側の共通理念は崩れてしまったという問題がある。これによって、少なくとも日米同盟においては、中国を批判する根拠となっていた理念が説得力を持たなくなっている。けれども、日本から見れば、自由のない権威主義的体制が与那国の先まで迫るのだとしたら、これは大変な恐怖である。
(9)4月にはトランプ大統領が訪中し、習近平との首脳会談がある。中国がイラン情勢に関して沈黙を守っているのは、この4月における米中会談を意識しているからだが、4月の米中会談では、恐らく暫定的な通商合意が成される可能性がある。そうでなくては、厳しい中国の国内経済を安定させることはできないし、米国の物価高も国民の許容範囲を超えてしまう。
というわけで、仮に米中合意が成立するのであれば、日本だけが孤立するのは何としても避けねばならないと思います。前述したように、アメリカの軍事プレゼンスが中東に偏在している中で、一触即発とは言わないまでも、台湾海峡の緊張が続くのは間違いありません。そんな中で、この台湾海峡の緊張を、日本がアメリカに代わって受け止めて、抑止力の均衡を維持するというのは、簡単ではないと思います。そこには、次のような方程式があるからです。
(10)このまま中国が高市氏を非難し続けて、高市氏がこれに対して強硬な姿勢を崩さないでいると対立エネルギーの累積が大きくなる。その場合に、「日本軍国主義は日中人民の共通敵」だという周恩来ドクトリンが崩壊し、半世紀にわたって続いた日中友好も崩れてしまう。また、福田赳夫の結んだ日中条約の理念も壊れてしまう。日米中の三角貿易も日中貿易も支障が出てきて、日本のGDPは大きく毀損してしまう。
(11)それでもいいので、米軍のプレゼンスが弱まった分を日本が補填して、抑止力のバランスを維持する場合、次の奇怪な計算式が登場する。それは、台湾海峡の対立エネルギーが100対100で均衡しているとして、仮に米軍のプレゼンスが20減少する分を自衛隊のプレゼンスを20増やして置き換えるというのは不可能ということだ。
それは日米同盟側は、100-20(米軍の減少)+20(自衛隊による補完)=100になるかもしれないが、その場合は自動的に中国側の抑止力100が120から130に増加してしまい、均衡が保てないということだ。
それは、自衛隊が台湾海峡の抑止力の表面に浮上すると、「解放軍はより予算獲得がしやすくなる」し「同じ装備でも士気が高まってしまう」からだ。そうしてかというと、中国サイドとしては「自衛隊が抑止力を置き換える」ということは、「復活した日本軍が対中国攻撃の前線に出てきた」という理解になるからだ。
この問題は非常に深刻な問題だと思います。恐らく、高市政権を支えている日本の世論には、この問題への危機感は薄いと思いますが、冷静に考えてみる必要があると思います。
複雑さに耐えられなくなった国が起こす大きな破綻
さて、本稿の最終作業を進めている途中で、新しいニュースが入ってきました。トランプ大統領は、CBSのインタビューの中で、
「イランは戦闘能力が残っていない。事態は予定より大幅に早く進行している。戦争はほぼ完了した」
と述べたのです。根拠は分かりませんが、とりあえず大統領がそう言ったということで、一気に原油価格は反転し、1バレル110ドルから100ドルを割る水準に降下しています。これを受けて、NY株も大きく上げてS&Pが0.83%アップ、ナスダックに至っては1.38%上昇、ダウも朝方の下げを帳消しにしてプラスに転じました。
トランプ大統領は、「プーチンとの対話もしたので、ウクライナ和平も近い」などと言っていますので、余計に原油価格の見通しは下げる方向になったということもあります。そんなこんなで、現地の月曜日(9日)の動向としてはこのような格好となっています。
ですが、このまま全てが安定していくとは限りません。それこそ事態は日替わりで動いていく中で、とりあえず1週間半先に迫った日米首脳会談については、事務方の折衝が進んでいると思われます。そんな中で、高市首相の口からは「ホルムズ海峡の現状は存立危機事態ではない」という発言が出ているわけで、日本側としても情報が刻々と変わる中で対応を相手方と折衝しているはずです。
そうではあるのですが、今回議論したように、中東においても、東アジアにおいても非常に複雑な方程式が成り立っています。自衛隊に対するペルシャ湾でのタンカー護衛への参加要請がある可能性は、まだまだ消えた訳ではありません。そんな中で、複雑な方程式について、少し考えただけでは、共通解ないし最適解というのは、見えないように思えます。
しかしながら、歴史の示すところでは、大きな破綻というのは、このような複雑さに耐えられなくなった国が問題を単純化するために起こすわけです。日本はそのような立場に追い込まれない、そのことが非常に重要になってくると思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2026年3月10日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「イラン動乱で動揺するパキスタン」「当選者へのカタログギフト、何が問題なのか?」、人気連載「フラッシュバック81」もすぐに読めます。



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