破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:必ず得意不得手があります」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:必ず得意不得手があります」

今日の破・常識!

あなた達の社会は完璧を求められます。

それもすべてにおいてです。

でも、すべてにおいて完璧に出来る

スーパーマンのような人はいません。

絶対にいません。byアシュタール

 

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

vol. 1239 必ず得手不得手があります

「必ず得意不得手があります」by アシュタール


「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

あなた達の社会は完璧を求められます。

それもすべてにおいてです。

でも、すべてにおいて完璧に出来る

スーパーマンのような人はいません。

絶対にいません。

でも、いると思わされてしまっているのです。

だから、あなた達は苦しむのです。

出来ないことがある自分を責め、苦しむのです。


先ず、すべてのことを完璧に出来る人などいない

・・それを分かってください。

どんな人でも必ず得手不得手があります。

自分の得意なことだけをしていればいいのです。

それも、完璧に得意になる必要はないのです。

楽しんでいればいいのです。

人と比べる必要などないのです。


掃除が好きな人もいれば、苦手な人もいます。

書類の整理、計算が得意な人もいれば、苦手な人もいます。

仕事が早い人もいれば、ゆっくりと確実にすすめていく方が

いいと思う人もいます。

人ぞれぞれなのです。

それを一律に考えてしまうから、苦しくなるのです。

自分の好きなこと、得意なことを

自分のペースでするのが一番なのです。

教えられた来た理想の人間像を手放してください。

そうすれば、出来ないことは恥ずかしいことではないと思えますので

出来ないことは出来ない・・と素直に伝えることが出来ます。

それが出来るようになれば、自分を責めることがなくなります。

病気や他のことに逃げる必要がなくなります。

でも、いま、どうしても苦しくて仕方がないと思うときは

逃げても大丈夫です。

逃げることは悪いことでも、恥ずかしいことでもありません。

先ずは、どこでもいいですから避難してください。

病気になることでそこから離れ、楽になると思えるのであれば、

病気になることも悪いことではありません。

ただ、自分が逃げている・・ということだけは

認識しておいてください。

(もう一度言いますが・・逃げることは悪いことではありません。)

それをしっかりと認識出来ていれば、

身体やこころが楽になったときに

病気を必要としなくていい状況になります。

自分が避難するために病気を自分でつくりだした・・

ということを認識できなければ

ずっとその病気と付き合うことになってしまいます。

いつまでも病気を言い訳としていなければいけなくなってしまいます。

そして、また、病気になってしまった自分を

責め続けるということになってしまうので、

今度はまた違うところに逃げ場所を求めてしまいます。


病気になるには必ず原因があります。

病気になることで、何かの利益(イヤなことをしなくて済む

何か出来ない自分に言い訳出来るなど)があるのです。

その原因を見つけ、手放すことが出来れば病気は良くなります。

一時的に逃避するために病気という手段を

使うことはいいと思います。

でも、それは一時的な逃避であり

原因を取り除かなければいつまでも病気と

付きあうことになってしまうということです。

その原因のほとんどが・・

完璧でなければいけないというところです。

人と比べて劣ってはいけない・・というところです。

それを手放し、イヤなものはイヤ、出来ないことは出来ない、

でも、自分には自分の出来ることがあり

自分のペースでそれをすればいい・・と思えれば、

自分で病気をつくりだしたりする必要はなくなります。

そんなに頑張る必要はありません・・楽になってください。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」

ありがとう、アシュタール! 

マイコメント


小中学校や高校生の頃、学年で一番と言われる人はあらゆる科目で成績が優秀で

誰からも一目置かれる存在でしたが、自分から見てもまた周囲から見ても自分も

ああなりたいという願望がありました。

だから、その人の行動の癖を真似すれば頭が良くなるのかと思い真似して見たり

しましたが、残念ながら無理でした(笑)。

やはり、そうした生徒は先生からもひいきにされることが多いので、成績が万能

であることは学生としてのステータスであり、そこを目指さないといけないという

気持ちにさせます。

それが勉強もスポーツも何でもござれとなるとよけいそうした願望が強く形成され

るので、社会に出てからもその方向を目指そうとします。

しかし、社会では学校で出来たことが同じようには出来ません。

考えてみればそれも当然のことで学校と社会では内容や方向性が全く異なります。

会社でも営業であればどれだけ契約が取れたかが評価の対象になりますが、学校は

知識力を問うものなのに、会社の営業はそれまでの知識力という刀だけでは太刀打ち

出来ないもので、会話力、商品知識、本人の人格などが問われますが、それ以上に

会社の商品に対する愛情と熱情が持てるかがカギになります。

ところが、学校を出て会社に入ってすぐにそんなことがわかるはずもありません。

大学時代に遊んでばかりいたような人は意外にもそのような才覚を見つけてしまう

ことが多いので、他人との交渉力や会話に長けているところがあり、そうした人は

出世するのも割合と早いようです。

しかし、そうした人が営業ができるからと事務的な仕事に長けているかというと

そうでもなく苦手だったりすることもあります。

「二兎を追うもの一兎も得ず」や「天は二物を与えず」ということわざにあるように

人は本来万能ではないということを示しています。

なかなかそうした憧れに近い願望にはまると周囲が見えなくなり、やがては手に

入りもしない幻を追いかけてしまい大きな挫折感を味わうだけなので、自分の得意な

部分を伸ばす努力をした方がいいようです。その得意な部分が発揮されて不得手だっ

たことも出来るようになることもありますので、まずは得意なことをやるというのが

何においても早道のようです。

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