破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:何を基準に判断すればいいの?」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:何を基準に判断すればいいの?」

今日の破・常識!

何が悪で、何が善か・・その判断は、

立場や時間や場所によって変わります。

その判断はとても不確かなものなのです。byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

vol. 1375 何を基準に判断すればいいの?

「何を基準に判断すればいいの?」by アシュタール


「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

宇宙に悪という概念も、善という概念もありません。

悪、善、・・という概念は、あなた達を支配・コントロールしている存在が

あなた達を支配しやすいように創り上げたものです。

何が悪で、何が善か・・その判断は、

立場や時間や場所によって変わります。

その判断はとても不確かなものなのです。


では、何を基準に判断すればいいのでしょうか?

・・ということになりますが、

それはあなたが好きか嫌いか、やりたいかやりたくないか

・・で決めてください。

それが、あなたの判断の基準です。

悪い人も、良い人もいないのです。

みんな自分の”好き”で動いているのです。

”好き”の基準が違うから、私は正義だ、あの人は悪だ

・・ということになるのです。

みんな、自分の”好き”が良くて

正しいと思っているだけのことです。

それを、自分の”好き”が正しいから

あなたの”好き”を私の”好き”に合わせなさい・・

となってしまうから、ケンカや争いが起きて来るのです。


たとえば、辛いものが好きな人と

甘いものが好きな人というくらいの違いなのです。

辛いものが好きな人は悪い人で

甘いものが好きな人はいい人・・とは思いませんね。

ただ、嗜好が違うだけなのです。

だから、辛いものが好きな人は、

辛い物を出してくれるレストランに行って

辛い物を好きなだけ食べればいいし

甘いものが好きなら甘い物を出してくれるカフェに行って

甘いものを存分に楽しめばいいのです。

そこに、辛いものは甘いものを引き立てるためにあるのです

・・なんて思いませんね。

どちらも、ステキな味覚なのです。

どちらも”好き”な人にとっては、とても美味しいものなのです。

激辛が好きな人は激辛のレストランに行き

甘いものが好きな人は甘味処に行けばいいのです。

それが住み分けなのです。


3次元的な世界が好きな人は、そこで楽しめばいいし

5次元的な世界が好きな人は、そこで楽しめばいいのです。

どちらが悪の世界で、どちらが正義の世界・・ということはありません。

そして、3次元世界があるから、5次元世界を認識できる

(そこにいる喜びを感じることが出来る)ということはありません。

反対にそういう思考になってしまうと

5次元は特別なところで、そこに共振することが

正しい、正義、素晴らしいことだから

そうしなければいけないという発想になります。

そして、3次元を遊んでいる人たちを見て

自分たちの方がいい・・などという

とてもナンセンスな考えになってしまいます。

すべての存在、すべての波動領域は、ただあるのです。

誰かが正義や悪などという規準で判断など出来ないのです。

ただ、あなたがどこが”好き”か、何が”好き”か・・それだけです。

悪があって善がある、善を認識するために悪が存在する・・

そのようなことはありません・・とお伝えしたいと思います。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」


ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

5次元との共振が増すようになると今までの善悪の価値観を手放す必要が

あるかもしれません。

辛いのが好きか甘いのが好きかの違いでしかないのです。

というアシュタールの言葉を考えるならば、善悪にこだわる必要はないと

いうことになります。

私はこちらが好きだからこちらの世界で遊びます。

というくらいのことでしかないのです。

それぞれ自由なのです。

ただ、私たちはもっと楽しい生活をしたくて5次元に進む道を選びました。

3次元の中で不自由な生活を送っていてもそれを体験したいと思うならば

それも選択の自由であり、無理に5次元思考を押し付けることもないと

いうことになります。

このあたりの考え方は難しいですね。

親と一緒に生活していて価値観が大きく異なってしまうと

自分と同じ価値観を共有してほしいと思うのは当たり前のことです。

だからと言って強要することは出来ないので、そのきっかけを与えて

自らそれを選択するようにもっていくしかないものです。

なぜならそれは宗教ではないからです。

宗教ならば、こうした方が良いあゝした方が良いといろいろな話を

織り交ぜながら勧誘しようとするでしょう。

しかし、それで入信素するならばそれもその人の自由で選択した

ものなので、その人の選択を尊重するしかありません。

こう書いてくると冷たい人だと思われるかもしれませんが、反対です。

その人の自由を尊重しているのですから冷たい扱いではないのです。

それが最善の選択であり、選択の機会を与えることこそが本来の

在り方だということです。

善を選ぼうが悪を選ぼうが体験の貴重さには変わりはないということです。

そのためにこの世界が創られているということですね。

そして、5次元世界というのは自分の好きなことをして遊ぶ世界だということです。

誰かに何かを強要する世界ではありません。

すべてが自分自身の自由意思を尊重し、他人の自由も尊重することで成り立つ

円い社会だということです。

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