世にも奇妙なフツーの話「さくやさん:提供し合う丸い社会は出来る!」

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世にも奇妙なフツーの話「さくやさん:提供し合う丸い社会は出来る!」

欲がある限り丸い社会は無理なのでは?

ワークショップの中で・・

人間には欲があります。
人より儲けたいとか、秀でたいとか、
認めてもらいたいとか、偉くなりたいとか、
人より人気のあるものを創りたいとか、という欲です。
その欲がある限り競争からは抜けることが出来ない
のではないでしょうか?

提供する丸い社会と言っても、結局その欲があれば
ムリなんじゃないでしょうか?
提供しても人より良いものを創って人気ものになりたい
などと思いはじめると、同じものを創っている人たちは
ライバルになってしまい蹴落とし始めるようなことに
ならないでしょうか?


・・的な話題になりました。

それに関してさくやさんが説明してくれましたので
お伝えしますね^^

「提供し合う丸い社会は出来る!」by さくやさん

「そうね、いまのピラミッド型の社会の考え方を
 
していたらそうなるわね。
 
ピラミッド型の社会で教育され競争ばかりを
 
刷り込まれてしまっていたら、みんながライバル的な
 
考え方になっても仕方がないと思う。
 
 
でもね、丸い社会の考え方はまったく逆なの。
 
たとえば江戸時代の話になるけど、江戸の子たちは
 
お金はほとんど使ってなかったの。
 
都市部ではすこしはお金を使っていたけど、地方では
 
ほとんどが提供しあうことで生活が成り立っていたの。
 
だから、お金を人よりも稼ごうとは思わなかった。
 
 
自分の仕事への誇りとしてより良いものを創りたいと
 
いう欲求はあったわ。
 
でもね、同じ仕事をしている人をライバルだなんて
 
まったく考えないの。
 
同じ仕事をしている仲間だと思っていたから、
 
良いアイディアが浮かんだり、良いものが出来たら
 
その方法を教え合うの。
 
 
なんのため?
 
そんなことをしたら自分の商品の差別化が出来なくて
 
人気がなくなるじゃないって思う?
 
それは資本主義にしっかりとはまってしまった考え方ね。
 
 
江戸の子たちは提供することが喜びだったの。
 
より良いものを提供したいと思っていた。
 
だから、同じ仕事をしている人たちで一緒に考えようと
 
していたの。
 
 
自分が良い思いをするために(お金を稼いだり、有名に
 
なっていい思いをしたりするために)仕事をしている
 
んじゃなくて、良いものを提供したいと思って仕事を
 
していたの。
 
(これは自己犠牲とかとは全く違うから間違えないでね)
 
 
みんながそういう考えで仕事をしていたから、気持ちの
 
いいエネルギーのものが出来て、それを使う人も気持ち
 
良くなる。
 
ということは、みんなが気持ちが良いエネルギーで
 
満たされるってことよね。
 
 
競争して、ライバルをはねのけて、自分だけいい思いを
 
したいと思う資本主義的な考えとはまるで違うってこと。
 
 
なら江戸の子たちは欲がなかったの?って思うかも
 
しれないけど、もちろん欲はあったわよ。
 
彼らの欲は、自分の生活を豊かにして楽しむことだったの。
 
生活を楽しむことに一生懸命だったの。
 
 
だから、一日に3、4時間だけ働いてあとは好きなことを
 
して楽しむ生活をしていたの。
 
仕事だって、いまのあなた達の仕事のイメージとは
 
まるで違って、遊びの延長って感じかしら。
 
仕事をして働くというより遊んでいて、その遊びにちょっと
 
疲れたから違う遊びをして楽しむっていう生活ね。
 
 
楽しむことに対する欲は強かったわよ。
 
物質的にはそんなに欲がなかったってことだけ。
 
物質もみんなが楽しんで創ったものばかりだから
 
楽しいエネルギーのものばかりだから、
 
同じようなものをいくつも欲しいとは思わなかったの。
 
気に入ったものが一つあればいいと思うから、
 
次から次へ欲しがることもなくて結局物質的には
 
シンプルだったわね。
 
 
そういう生活だから、あの独特な素晴らしい文化が
 
出来たの。
 
文化は余裕がないと出来ないの。
 
生きることだけに必死な社会では豊かな文化は生まれない。
 
あの文化を見るだけでも、どれだけ人々が自由で豊かな
 
生活をしていたかわかると思う。
 
 
生活の質ではなく、物質、お金にフォーカスして
 
ムリに生産して、ムリに消費する社会とはまるで逆ね。
 
生活の質を高める欲は江戸の子は強く持っていたわ。
 
 
最初に話に戻るけど、人間は欲があるから競争する、
 
だから提供しあう社会を創ろうとしても結局いろんな
 
ところで張り合ってうまくいかない、そんなまる社会
 
なんて創ることは出来ないっていう考え方は
 
いまのピラミッド社会、資本主義の考えでしかない
 
ってことなの。
 
 
思考の方向が違えば、欲?の方向も変わる。
 
欲の方向が変われば社会も変わるの。
 
 
欲って言葉にはあまりいいイメージがないかも
 
しれないけど、欲は悪いものじゃない。
 
欲は目的になるから、こうしたい、ああしたいって
 
いう目的が出来るから行動も出来るの。
 
行動すると現実も変わる。
 
 
だから、目的の方向によって現実は大きく変わって
 
来るってことね。
 
 
提供しあう丸い社会は出来る!
 
だって、ちょっと前まで提供しあう社会があったんだから。
 
その方向の思考をすればいいだけなのよ。
 
 
あなた達をこころから愛してるわ~~」
 

ありがとう、さくやさん!  

私たちもさくやさんをこころから愛してるよ~~^0^  

マイコメント

欲はなければ生きることもできないでしょうね。

生きる楽しみは欲が創り出すものですから。

ただ、今の感じる欲と江戸時代の感じていた欲というのはさくやさんの話からも

大分違うようです。

今の欲は自分を大きく評価させるためのもので共有される欲ではないということです。

対して江戸時代の欲は共有される欲です。

それは良いものを提供できる喜びにつながるもので自分の喜びにもなります。

今の欲の達成で生じる喜びは自分だけのものであり、他人が共有できるものでは

ないということですね。

でも、昭和のころは今よりは欲が希薄だった気がします。

他人と共有できる喜びがどこかにありました。

だから、世の中の考え方が変わっていけば丸い社会の実現は可能だと思います。

それには私たち一人一人が考え方を変えていかないといけないと思います。

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