破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:モニュメントは必要ありません」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:モニュメントは必要ありません」

今日の破・常識!

過去とエネルギーをつなげたままだと

次に進むことが出来ないのです。

 
ずっと過去を生きることになり

いまを生きることができなくなります。byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。  

vol.1433 モニュメントは必要ありません

「モニュメントは必要ありません」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。


モニュメントはいりません。

 
何かを思い出すためのものはいらないのです。

 
慰霊碑、記念碑、お墓もそうですね。

 
忘れないようにするために・・そうですね。

 
でも、忘れてください。

 
そのようなものがあると過去のエネルギーと


切ることが出来ないのです。

 
過去と切らないために創るのです・・ということかもしれませんが

 
過去とエネルギーをつなげたままだと次に進むことが出来ないのです。

 
ずっと過去を生きることになり、いまを生きることができなくなります。

 
いまを生きなければ、未来へ進むことが出来ないのです。

 
伝わっていますでしょうか?

 

過去は過去の記憶にすぎません。

 
過去の記憶の中だけで生きないでください。

 
大切な人を忘れなさい・・と言っているのですか?

 
アシュタールはなんて冷たいことを言うのでしょうか?

 
‥というエネルギーを感じますが、


すべて忘れてくださいと言っているのではありません。

 
でも、そこで止まらないでください・・とお伝えしているのです。

 
その人のエネルギーを感じるものは、手放して下さい。

 
(何かの事件があればその事件を思い出す


慰霊碑などは立てないでください)

 
いつまでも手元に置いておくと


その人のエネルギーと切ることが出来なくなります。

 
それでもいいのです、その人とエネルギーを


ずっとつなげていたいのです・・と

 
おっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが


それではあなたはあなたの未来を歩むことが出来なくなります。

 
ずっと過去の中にいたい、自分の人生はそこで止まってもいい

 
・・と思うならば、それは選択肢の一つとしてはいいと思います。

 
でも、未来を歩みたいと思うのであれば、


思い出すものはすべて手放してください。

 
手放すという決意は、エネルギーを切るという宣言になりますので

 
過去から出ることが出来ます。

 
過去のエネルギーを切ることが出来れば、その過去を思い出しても

 
感情が揺れることがなくなります。

 
あ~、そういうこともあったわね・・と


懐かしく思い出すことが出来るのです。

 
大切な人との別れも、悲しい思い出ではなく


楽しかったものになるのです。

 
その人を思い出して、また別れのつらさに泣くのではなく

 
その人と過ごした時間を楽しく思い出すことが出来るのです。

 
何度も別れのつらさを味わってもつらいだけです。

 
傷を治さないように、何度もナイフで傷つけているのと同じです。

 
いつも血を流しているのと同じです。

 
傷を治したいのならば、傷に触らないのが一番です。

 
傷は自然に治ります。

 
ただ、身体に任せておけばいいのです。

 
気が付けば、治っています。

 
誰かとの別れのつらさから離れたければ、

 
その人を思い出すものは手放してください。

 
その人を思い出すものを置いておくというのは、

 
傷を治さないようにいつも傷を


またナイフで刺しているのと同じなのです。

 
お別れした方を忘れるのは、冷たいことではありません。

 
別れの時のつらさを忘れるだけであって、

 
その人の記憶をなくすわけではないのです。

 
記憶はなくなりません。

 
ただ、つらく悲しい感情を忘れるだけなのです。

 
いつまでも傷にナイフを立てるのではなく傷を治してください。

 
そのためには、モニュメントは必要ありません

 
思い出すものは、手放してください。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」

 


ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

日本だけでなくモニュメントは世界中いたるところにあります。

それは戦争や震災などのの災禍を忘れないためだったり、過去の人々を忘れないためで

あったりします。

だから、毎年慰霊祭が執り行われ、その度に多くの人が過去に思いを馳せ悲しみに浸る

ことが多くあります。

過去の事件を決して忘れないという強い意思を新たにするわけですが、それでは

その悲しみは毎年味わなければいけないことになり、いつになってもその人は過去に

存在することになります。

悲しみを共有することが人として大事なことであると教えられているので、それに

反するような行為は非人間的であると考えるからです。

そのため、過去のことを忘れずいつまでも悲しみを共有している人が人間らしいと

されていると思います。

それはその人にとってはある意味とても可愛そうなことです。

なぜなら、その人はいつまでも自分の楽しい人生を生きられないからです。

過去の人とともにあるのがその人の人生であるということになります。

子を亡くした親や友人・知人を亡くした人などはそうでしょう。

とても悲しい出来事だからです。

でも、その人はもう今この時間軸には存在しないのです。

だから、いつまでもいない人を想い続けていても仕方がないのです。

ここはきっぱりと思いを断ち切り、自分の人生を歩むようにするべきでしょう。


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