パラジウムの生産量世界の4割、ロシアの逆制裁で日本に大打撃?

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バラジウム ウクライナ情勢

パラジウムの生産量世界の4割、ロシアの逆制裁で日本に大打撃?

 ロシアによるウクライナ侵略勃発後、民主主義諸国によるロシアへの制裁が強化されている。ルーブル急落などロシア経済は大混乱に陥っている。

 ロシア産品が経済混乱により輸出できなくなる可能性や、ロシアが制裁への報復として禁輸を仕掛けてくる可能性も心配される。

 その中で、パラジウムが危ないのではないかという声が聞かれるようになってきた。世界のパラジウム産出量の40%がロシア産だ。

ロシアの金属

 金属において、ロシアの存在感が大きいのはアルミニウム、ニッケル、チタン、白金族元素だ。パラジウムは白金族元素に含まれる。

 このうち、ニッケル、白金族元素は、多くの方のイメージ通り、ロシアの豊かな資源がもたらす金属だ。

 ロシアには、アルミニウムとチタンの資源がそれほど豊富にあるわけではない。アルミニウムは精錬に多くの電力を消費するため、安価な電力を供給できる国が有利であり、ロシアが競争力を持つ。

 また、ロシアは高度なチタンの技術力を持つ。

 アルミニウム、ニッケル、白金族元素は、地金や付加価値の低い状態で輸出される。一方で、チタンは高付加価値な鍛造材や機械加工品として輸出される。

 アルミニウム、ニッケルでは、ロシアは10%ほどのシェアを持つ。確かにこの10%が供給不安になることは心配であり、価格が上昇している。

 しかし、ロシアが輸出するのは付加価値の低いコモディティなアルミニウムやニッケルである。

 他の国のアルミニウムやニッケルで代替が可能である。また、増産も可能だ。価格が上昇するにしても、供給不足による大混乱は心配し過ぎに思える。

 前述のとおり、チタンだけはコモディティではないため、他の金属と事情が違う。資源の問題ではなく、個別の部品の調達先選定の話となる。詳細は別稿にまとめる。

 問題は白金族であり、その中でもパラジウムである。何せロシアの産出量が世界の40%も占めるのだ。

自動車に必要な白金族元素

 白金族元素はプラチナ、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウムの6種類の金属だ。

 白金族元素は、プラチナにより宝飾品や資産としてのイメージが強い。

 しかし、化学的に極めて安定であり、触媒として作用するなどの特殊な性質があるため、産業界にはなくてはならない金属だ。

 特に、白金とパラジウムは自動車の排ガスを浄化する触媒に用いられる。排ガスには窒素酸化物やガソリンが不完全燃焼した炭化水素を含む。

 白金とパラジウムを加工した触媒コンバーターを通すことで、窒素酸化物や炭化水素は分解される。排ガス中の有害物質は許容範囲になる。

触媒コンバーター(出所:マツダのサイトより)。内燃機関で走るすべての自動車は触媒コンバーターを装備する

 白金とパラジウムがなければ、世界の空は青くなくなるだろう。毎日のように光化学スモッグが発生するようになってしまう。自動車社会がサステナブルでなくなってしまう。

 日本の自動車産業では、これまでパラジウムを多く使う傾向にあった。必要量は排ガス量によって異なるので、車種によって使用量は異なるが、だいたい1台あたり数グラム使用されてきた。

偏る白金族元素の資源

 白金族元素は、産地が南アフリカとロシアに偏っている。プラチナの産出量の約85%が、パラジウムの産出量の約80%がロシアと南アフリカに集中する。

 今の情勢では、ロシアこそ世界最強の不安定国に見えるが、これまでの経緯を見ると、ロシアより社会が不安定な南アフリカも決して負けてはいなかった。

 事実、社会の不安定さの具現化のような鉱山ストライキで白金族元素の価格を振り回してきたのは南アフリカだ。

 自動車社会は、先進国で確固たる体制で作られているように見えるが、実はロシアと南アフリカという不安定な国の資源に頼ってきた。

 これまで南アフリカの鉱山ストライキのたびに思い知らされてきたが、今回、ロシアの戦争により改めて思い知らされた。

 プラチナの産出は南アフリカが優勢だが、日本の自動車産業が多く使用するパラジウムではロシアが優勢で、世界のパラジウムの採掘量の40%のシェアを持つ。

 ちなみに2位は40%を若干下回る南アフリカで、その他は北米、カナダ、ジンバブエなどが産地だ。

 北米、カナダは安定しているように見えるが、供給量の合計15%もない。南アフリカかロシアのどちらかの生産がストップしたら、供給不安になる。

 日本の自動車産業は、ロシアが40%のシェアを持つ金属に依存してしまっている。他のロシア産金属に対し、パラジウムの重大性は桁違いに大きい。

 そして、そのロシアがやってしまったのが現状だ。

 なお、ロシアが世界最大のパラジウム産出国になっている理由は、パラジウム含有量が極めて豊富な鉱床があるからだ。

 ロシアの白金族元素の大半は、ノリリスクのニッケル・銅鉱床から産出する。金色の銅とニッケルを含む鉱石の中に、顕微鏡サイズの白金族の鉱物が含まれる。

 ノリリスクの鉱石は、他の類似の鉱床に対し、白金族元素の鉱物の量が多い。ロシアの類似の鉱床の100倍だ。

 白金族元素の鉱物の中の白金族元素の割合は産地によって異なる。

 ノリリスクの鉱石の場合、パラジウムの割合が高い。よって、ロシアがパラジウムの最大の産出国になっている。

ロシアの白金族元素の鉱石。産地はノリリスク鉱床でも特に白金族が豊富なオクチャーブリスコエ鉱脈。金色の銅・ニッケル鉱石の中に含まれる白銀色の粒が白金族の鉱物。普通は顕微鏡サイズだが、この標本では肉眼で見える。オクチャーブリスコエ鉱脈では最大で数センチに達する白金族の鉱物が産出する

では大惨事になるのか?

 日本にとって、自動車産業は重要であることは言うまでもない。パラジウムの供給不足により自動車が減産を強いられれば大打撃だ。

 原材料となる金属の10%が不足する場合であれば増産で対応できるかもしれない。しかし、40%が吹っ飛ぶとさすがに供給不足が心配になる。

 ロシアが制裁の報復に使おうとすれば、パラジウムは最強の「嫌がらせアイテム」になりかねない。

 仮にロシアが嫌がらせを意図しなくても、経済の混乱がパラジウム供給不安定に及ばない保証はない。大変不安な状況だ。

 状況が状況なので、パラジウムは連日値上がりし、ついに3月8日に過去最高値を更新した。

 自動車産業は、1台あたり1円の単位でコストダウン交渉をする世界だ。1日500円価格が上がれば、パラジウムを3グラム使う車種だと1日に1台あたり1500円近い値上がりになる。

 これが毎日積み重なる。自動車業界的には、頭を掻きむしる状況だろう。

 コスト管理の観点からはすでに地獄だろうし、今後も自動車メーカーの利益圧迫要因となっていく可能性が高い。

 その分を他の部品のコストダウンで回収する可能性があり、最悪の場合、パラジウムに無関係なサプライヤーに影響が及ぶ可能性もある。

 しかし、それでもコストアップに留まっている間はまだいい。パラジウム不足により減産を強いられた場合、被害が桁違いになる。その可能性はあるのだろうか?

 実は、2016年からパラジウムは値上がり傾向で、2017年にプラチナを抜いている。ここ2年ほどは高値が続いている。

 戦争の危機が高まる前から、触媒コンバーター盗難のニュースはちらほら出ていた。情けない話だが、素材高騰のたびにこの手のニュースが流れる。

 独フォルクスワーゲンの排ガス不正以前、ガソリン車はパラジウム、ディーゼル車はプラチナを使用する傾向があった。

 フォルクスワーゲンの排ガス不正以降、プラチナ触媒が減勢しパラジウム触媒が増えた。これがパラジウム値上がりの原因になった。

 自動車生産が順調である間は、確かにパラジウムが不足していた。

 しかし、パラジウムをプラチナで代替することは技術的に不可能ではない(瞬時にできるわけではなく、一定の開発は必要)。

 どうも、価格高騰以降、プラチナへの代替が一部で進められてきたという話も聞く。

 それ以上に、重要なのは、現在半導体不足により自動車生産量は落ちている。最大の需要である自動車生産が落ちている以上、需要は減少している。

 不安はありつつも、今現在は、パラジウムは余っているという見方も存在する。

 ロシアからのパラジウム輸入は輸入量の中の4割近い。しかし、リサイクルと国内での金属精錬の副残物として輸入量の半分が日本国内で生産されている。

 この量は日本がロシアから輸入している量を凌ぐ。

 日本はパラジウムを輸入すると同時に輸出も行っている。ロシアの影響力はリサイクルによって薄まっている。

 上記を足し合わせると、ロシア産パラジウムが全く日本に入ってこないという最悪の場合でも、現状より自動車生産4割減という結果にはならない。

 何も対策をせず、ロシアのパラジウム分が丸ごと消えるような最悪の事態でも、せいぜいその半分以下の影響ではないか(それでも実際、起これば大惨事だが)。

 それに、パラジウム確保のために全く対策しないことはあり得ない。

 ロシアからどれだけパラジウムが出て来るか、日本がどれだけパラジウムを入手できるか、不要不急の用途から自動車にどれだけ回せるか、市中の在庫をどれだけ利用できるか、半導体不足による自動車減産の状態がどうか、プラチナによる代替が進んでいるかなどにより、自動車産業への打撃は左右される。

 ロシア産パラジウムの動向が、自動車産業に影響を及ぼすことは予想できる。だが、影響の程度は供給不足と対策の程度の綱引きで決まる。

 今できることは、可能な限りの自動車産業へのパラジウム供給と、プラチナへの代替等の使用量削減を準備し、最悪の事態に備えることである。

筆者:渡邊 光太郎

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