【全2回(前編/後編)の前編】

 スーパーなどの店頭からコメが消えた「令和の米騒動」――。あれから1年がたってもコメ問題は一向に収まる気配がない。石破茂首相(68)がピンチヒッターとして起用した小泉進次郎農林水産大臣(44)は、解決に獅子奮迅するどころか、とんだ大罪を犯していた。

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「備蓄米を放出する決断をした立場としては、あまりにお米が高い」

 こう話したのは小泉農相。8月25日、自民党の森山裕幹事長(80)と共に、先の九州豪雨で甚大な被害を受けた鹿児島県霧島市を訪れた際の発言である。

 事実、新米が出回り始めて市場への供給量が増える時期だというのに、コメの値段は2週連続で高値を更新しているのだ。

秋田県秋田市の水田

新米の価格は「昨年の1.5倍から2倍」

 同日に農林水産省が発表した調査結果によると、8月11日から17日までの1週間、全国のスーパー約1000店舗で販売されたコメの平均価格は5キロあたり3804円(税込み)。前週よりも67円高い値を付けた。また産地と品種が単一の「銘柄米」に限れば、その平均価格は5キロあたり4268円(税込み)で、前週と比べて29円値上がりしている。

 社会部デスクの解説。

「四国や九州など田植えの早い一部の地域では、すでに早場米の収穫が終わり、新米が小売店に並んでいます。その価格が軒並み高騰していることから、平均価格を押し上げているのです。最高値の部類でいえば、高知県産の『よさ恋美人』の新米が店頭価格5キロで7800円。一般的なコシヒカリなどの新米でも、鹿児島県産が5キロ4800円と、昨年より1.5倍から2倍ほど上がっています」

 こうした状態を見ると、コメの価格高騰を嘆く冒頭の「小泉発言」は、まるで他人事のように聞こえてしまう。そもそも今年5月、小泉氏は米価高騰であらわになった「令和の米騒動」を解決するとたんかを切って、鳴り物入りで政府の備蓄米放出を始めた。その効果は無きに等しかったと自ら認めることにならないか。

「備蓄米のうち3割が出荷できていない」

 しかも、である。件の「小泉発言」からさかのぼること5日の8月20日、農水省は8月末としていた備蓄米の販売期限を、延長すると決めたのだった。

 これぞ小泉劇場の真骨頂、備蓄米放出は参院選に向けた“やってる感”の演出に過ぎなかったといわれるゆえんである。

 先のデスクに聞くと、

「小泉氏は新米が出回るまでの救済策として、備蓄米を8月末までに売り切る約束でした。ところが、いまだ随意契約をした一部の業者に引き渡せていないのです。5月以降、政府は約32万トンの随意契約を結びましたが、キャンセルされた4万トンを除いて、全体の約3割にあたる10万トンが出荷できていません。すでに契約した業者から不安の声も上がっていたので、販売期間を延長せざるを得なかったのです」

「小泉さんによるパフォーマンスのための備蓄米」

 備蓄米放出が決まった当時、小泉氏は「スピード感をもって対応したい」と宣言していた。自ら楽天グループの三木谷浩史会長兼社長(60)と面会して、通販大手とタッグを組む姿勢をアピール。いざ5月末に備蓄米の流通が始まると、大型量販店のドン・キホーテやイオンへ足を運び、テレビカメラの前で自らの成果を誇ってみせた。

 5キロ2000円前後の破格な店頭価格と相まって、「小泉米」などともてはやされたが、ふたを開ければ、いち早く届けられたのは一部の業者だけだったのだ。

「5月末から6月頭に店頭に並んだ分は、いわゆる小泉さんによるパフォーマンスのための備蓄米だったんだと思いますね」

 とは、岐阜県岐阜市の米卸売業者「ギフライス」の恩田喜弘社長である。

「6月は備蓄米ブームのような状況でしたから、当社も120トンを随意契約したんです。ところが、希望した6月末には一粒も届かず約2カ月ほったらかしにされましてね。8月末の販売期限ギリギリの19日になって、ようやく10トンだけ入荷しました。随意契約したのに全然納品されない小売も多いそうで、丸々キャンセルした業者もあると聞きます」

 後回しにされた業者は備蓄米の売り時を逸したとして、恩田社長はこう話す。

「品質を確認するメッシュチェックや積み替え作業に時間がかかって、すぐには出荷できなかったようですが、もはや備蓄米は売れ残っているところもある。当社としても、とても残りの契約分を売り切ることはできないですからね。せっかく契約しましたが90トン以上はキャンセルすることになると思います」

「備蓄米の店頭陳列をやめた」

 実際のところ「備蓄米はもう置いていない」と明かすのは、スーパー「アキダイ」(東京都練馬区)の秋葉弘道社長だ。

「当店では、8月前半に備蓄米の店頭陳列をやめてしまいました。入荷当初は購入を希望される方で、店先に長蛇の列ができることもありましたが、7月中旬には落ち着きました。現在はほとんどのお客様が、備蓄米に比べて値段の高い銘柄米を購入するようになっています。やはり備蓄米は銘柄米と比べて味が劣るだとか、調理方法に気を使うといった声はありましたし、皆さん普通のお米を食べたいのではないでしょうか」

 あれだけ注目された備蓄米の放出も虚しく、相も変わらず「普通のお米」である銘柄米は高値のまま。しかも小泉氏が新たな一手を打てずにいる間にも、米価を巡る状況は刻一刻と悪化の一途をたどっているのだ。

 その一番の理由は、国産米の約4割を扱うJAが収穫前に農家へ支払う「概算金」が、軒並み高騰していることが挙げられる。

「各地のJAが概算金を大幅に引き上げ」

 ここで簡単に、コメが農家から消費者に届くまでを解説しておこう。

 一番シンプルなのは、農家が小売店や消費者にコメを直販する形。それ以外だと、農家が卸業者に売ってから小売店を経る形もある。戦後から主流を占めてきたのは、各都道府県のJAが農家からコメを買い取る形だ。この際に概算金が発生するわけだが、実際に販売額が決まった後に過不足は精算される。各地の卸業者にとっては相場の目安にもなる概算金が、各地のJAで過去最高を記録しているのだ。

 日本一の生産量を誇るコメどころのJA全農新潟県本部は、コシヒカリ60キロあたりの概算金を3万円にしたと発表した。昨年の1万7000円と比べても実に76%の引き上げ。北海道の「ななつぼし」と福井のコシヒカリは2万9000円、青森の「まっしぐら」も2万6000円と軒並み高額となっている。概算金は1万円上がると、5キロあたりの小売価格が約1000円前後高くなるとの試算もある。農家はえびす顔でも、消費者には手痛い出費と化すのだ。

 コメ問題に詳しい宇都宮大学農学部の小川真如(まさゆき)助教によれば、

「昨年もJAは概算金を前年に比べて引き上げましたが、それでもコメが集まりませんでした。そうした経験を踏まえて、今年は前年比1.7倍前後にするなど、各地のJAで概算金を大幅に引き上げているのです。JAは集荷競争では不利な立場。他の業者は後出しじゃんけんで、JAの概算金より高い額を農家に提示して取引を持ちかけてきます。農家自身がネット直販やふるさと納税などで消費者に届けるルートが多様化しており、JAがコメを確保しづらい状況なのです」

 後編【「1918年の米騒動」と驚くほど似た状況… 当時の大臣も「農政と縁遠く、犯人探しに躍起に」 農家からは「水田が完全に干上がった」と悲鳴】では、現在の農政を巡る状況と「1918年の米騒動」の驚くべき共通点について詳しく報じる。

「週刊新潮」2025年9月4日号 掲載