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なぜ日本車は中国EVに勝てないのか?

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BYD EV車 スカイノマド

なぜ日本車は中国EVに勝てないのか?

自動車産業を“敗戦”に導いた「東大法学部」が支配する官僚組織と「技術音痴の政治家」たち 古賀茂明

「古賀さんには悪いけど、東大法学部が動かしているからじゃないですか? それともう一つ、官僚や政治家に競争がないというのもあると思います」

【写真】中国・シャオミの新型電気自動車「スカイノマド」がこちら

 3年ほど前に、ある中国のシンクタンクの若手研究員A氏に言われた言葉だ。

 A氏との話の中で、私は、中国の電気自動車(EV)の振興策に比べて、日本の自動車政策があまりにも遅れていて、このままでは、日本の自動車メーカーが中国メーカーに敗北することは確実だと私見を述べた。彼は、大きく頷いて、「全く同感です」と言った。

 その時、私が、「それにしても、日本はどうしてこんなに愚かな政策を続けるのだろう。司令塔は(私の古巣の)経済産業省だよね。そんなにバカばかりじゃないはずなんだけどね」と呟いたのに対して、思いがけず、A氏が冒頭の言葉で即答してきたのだ。

「ずいぶん答えが早いね」と言うと、「前からいろいろと考えていたことなんです。日本のことを勉強しているうちに、これが日本の政治や行政の弱点なのではないかと思うようになりました」と返ってきた。

 そこから、自動車をはじめとした日本の産業政策や、政治家の特色について議論になった。

 A氏によれば、法学部を出た人が産業の将来をどうして見定められるのか、疑問だという。審議会などで専門家の意見も聞くというが、調べたところ、それは、官僚が出した答えにお墨付きを与えるために行われる儀式にすぎないことがわかったとも言う。痛いところを突かれた。

 では、中国はどうかと聞くと、中国の首相など行政のトップには、理系の人が多いという答え。国務院の常務委員の多くは理系だ。今は、9人中4人がエンジニアで農学部系も入れれば5人が理系である。しかも、これは過去の常務委員の構成に比べて理系が少ない方だ。

 折しも、中国の朱鎔基(しゅ・ようき)元首相が8月12日に亡くなったというニュースが流れた。1998年3月から2003年3月まで首相を務めたが、彼の経歴を見ると、今や世界トップクラスに位置付けられる清華大学の電機製造学科卒と書いてある。

 現在の李強(り・きょう)首相も浙江農業大学寧波分校の農業機械科で学び香港理工大学も出ている。その前の李克強(り・こくきょう)首相は文化系だが、その前の温家宝(おん・かほう)首相は、現在の中国地質大学卒である。朱鎔基氏の前の李鵬(り・ほう)首相も水力工学を学び電力エンジニアだった。

EV戦略を動かした科学者とエンジニア

 確かに、中国の行政において理系のリーダーたちが国を率いてきたと言えそうだ。中国政府内において、科学的知識が豊富な彼らが科学者の意見を取り上げて大胆な政策を実施してきたと言いたいのだろう。

 2つのわかりやすいエピソードを紹介しよう。最も有名なのが1986年3月の「863計画」だ。1986年3月3日、中国科学院の4人の著名な科学者、王大珩(おう・たいこう/光学)、王淦昌(おう・かんしょう/核物理学)、楊嘉墀(よう・かち/電子・宇宙技術)、陳芳允(ちん・ほういん/電子工学)が、時の最高権力者・鄧小平(とう・しょうへい)氏に連名で手紙を送った。

 タイトルは、「外国の戦略的ハイテクを追跡研究することについての提案」だった。米国のレーガン政権が1983年に発表した「スター・ウォーズ計画(SDI)」などを見た科学者たちは、このままでは中国が21世紀の科学技術競争から取り残されると危機感を持ち、海外技術に頼るだけでなく、戦略的な先端技術を自らが持つべきだという提言を行ったのだ。これが鄧氏に直接送られたところが興味深い。

 鄧氏はこの提案を直ちに取り入れ、3月5日に実施を指示したという。できすぎた話にも聞こえるが、科学者が直訴し、指導者がこれを採用する仕組みがあるということが公に認められているのがわかる。

 EV政策についても、ドイツ自動車メーカー・アウディでエンジニアの管理職だった万鋼(ばん・こう)氏が、「中国はガソリン車ではなく新エネルギー車に注力して先進国と競争すべきだ」という提言を1999〜2000年頃に行った。それを国務院が採用して、後に万氏は非共産党員ながら科学技術大臣に抜擢され、EV政策を強力に推進した。

 これらの逸話が示すのは、政府の中枢部に科学者の意見を尊重する慣行があり、それを前提に、科学者やエンジニアが、従来の政府の政策と異なることでも思い切って提言できること、そして、中枢部がこれらの提言を好意的に扱い、内容を理解した上で、思い切った政策の転換を図ることができるということだ。

「正しい政策」に軌道修正できない日本

 それに比べて、日本はどうか。官僚の中には、理系の優秀な人材がいる。しかし、おかしなことに、経産省などの産業政策を担う官庁では、法学部出身者などの文科系の官僚の方が上位のポストを占める慣行がある。

 また、政権与党の政治家には理系人材は非常に少ない。しかも、理系の専門家の意見を尊重するどころか、正反対の姿勢を見せる。その象徴が、日本学術会議と政府の対立だ。

 同会議は、政府の政策について諮問を受けてそれに答えることがあるが、政府の方針と異なる答申を出すと、自民党政権から目の敵にされ無視された。私も官僚時代に、「ただの学者が言ってるだけの話だろ」と言って蔑む態度を示す政治家を何人も見てきた。理系だけでなく文科系の学者の話についても同じだ。

 つまり、各分野の最高峰の学者の意見でも、自分たちに都合の悪い話になると、聞く耳を持たない。そもそも、政治家の多くの資質が非常に低いために、せっかく良い話をしてもらっても、その価値が理解できない人が多いという、より深刻な問題もある。

 また、利権絡みで、学者の意見が捻じ曲げられることも度々起きる。審議会などでは、官僚は、自分たちの利権維持に反対するような学者はそもそも登用しない。万一、学者から反対意見が出ても、それをさまざまな圧力によって封じ込めてしまう。これでは、正しい道を探すことはできないし、誤った政策を正す貴重な機会も失ってしまう。

 次に、冒頭のA氏の話の後半部分。すなわち、「官僚や政治家に競争がない」という問題について考えてみたい。

 これに対して、「官僚は非常に難しい国家公務員試験を通り、その後も熾烈な競争に勝った人だけが幹部になれる。政治家も選挙に通るのは非常に難しい。何度も当選しなければ大臣などにはなれない。競争がないというのは間違いだ」と言う人もいるだろう。

 しかし、A氏がここで言う競争は、意味が違う。A氏によれば、重要なのは国民のためになる政策、特に実施が難しい政策をどれだけ立案してそれを実施し、成果を出したのかが問われる競争こそが重要だという。確かに、正論だ。

 中国では、共産党員になった1年生の時から、その観点での評価が毎年行われるという。ピア・レビュー、同僚や仕事上の関係者などによる評価も重視される。成果を上げなければ上のポストに上がれない。だからみんな必死だ。

 地方に出ても、その地域でどれだけ業績を上げるかが問われるから、その地域のために必死に働く。親が政治家だからとか有名人だから偉くなれるということはないし、逆にどんな田舎から出てきた無名の人でも実績さえ出して仲間から評価されれば出世できるということだった。

「失敗しない人」が生き残る官僚と政治家

 この話を日本と比べてみると、官僚や政治家はそういう意味で評価されて上に上がっていくわけではないということに多くの人は同意するのではないだろうか。

 官僚は、もちろん政策の立案や実施について評価は受ける。しかし、たかだか2年程度で担当が変わり、評価の中心は、上司にどれだけ気に入られるかになっている。何をやったかよりも失敗を犯さないことの方が大事だという風潮も色濃く残っている。

 政治家は、選挙があるので地域や国家にどれだけ貢献したかで評価されて当落が決まるはずなのだが、実際は、二世議員、三世議員なら簡単に議席を維持できる。国会には単なる一票を投じるだけの役割しか果たしていない議員があまりにも多い。

 党の首脳や執行部に反対することもできず、ひたすらゴマをすってポストと金を得ることと利権にありつくための政策の実現には熱心に動くというような議員の姿ももはや当たり前のことになってしまった。政治家は国民が選んでいるが、決して国民のために働いているわけではない。

 最近続々と入ってくる日本の自動車産業の絶望的な状況に関するニュースを見ると、どうしてわかりきった政策転換をできなかったのだろうという思いに駆られるが、今述べた官僚と政治家の状況を考えると、そういうことが起きるのはむしろ当然なのかなと思えてくる。

 全くの偶然だが、朱鎔基元首相の訃報とほぼ同じ頃、8月8日にトヨタ自動車の奥田碩元会長が亡くなったというニュースが入った。いろいろな功績があった人だが、彼の時期にハイブリッド車(HV)を開発普及させたことが今日のトヨタを支えているという意味で非常に重要な貢献をしたと見ることができる。

 北米や日本では、HVで大儲けをしているし、EVで中国車に押されるアジア市場などでも、HVでなんとか時間稼ぎをしながらシェアを維持している。HVがなければ、一気に危機に陥ったかもしれない。

 しかし、ガソリン車に異様なこだわりを見せた豊田章男会長の大失敗で、HVからEVへの切り替え時期を逸したトヨタの苦境が、ちょうどこの時期に顕わになってきた。日本の自動車メーカーの危機については、7月21日配信の本コラム「日経新聞も書いたEV市場の『トヨタ敗北』…進化を続けるテスラ&中国メーカーとの“圧倒的な力量差”が白日のもとに」で解説したとおりだが、その後も続々と日本のメーカーが急坂を転げ落ちるのではないかというリアルなニュースが続いている。

BYDがトヨタを猛追…崩れゆく日本車の牙城

 トヨタは、中国で必死の反攻に出ているが、ほとんど売れていない。EVの販売がわずかに増えてはいるものの、ガソリン車の不振を補うのには程遠く、7月の中国の新車販売が前年同月比24%も減った。ほぼ4分の1減少。前年同月を下回るのは6カ月連続である。

 中国車など敵ではないと言いたい高級車分野でもレクサスが34%減。3分の1減少である。中国のファーウェイ社のOSを使ったりしているが、中国車にはエンタメでもスマート化でも全く歯が立たない。もはや世界一の自動車市場の中国は諦めなければならないのではないかというほどの惨状だ。トヨタでさえこれだから、ホンダや日産は話にならない。

 さらに恐ろしいのは、私がかなり前から予想していたアジア・オセアニア市場を含むグローバルサウスでの日本車の敗戦の兆しが明確になってきたということだ。

 前述の本コラムで指摘したように、インドネシア、タイ、ベトナム、マレーシア、フィリピン、シンガポールなどで、軒並み日本車のシェアは減少している。シンガポールでは、BYDのシェアがトヨタの約2倍になったが、市場自体は大きくないという負け惜しみも聞かれた。

 しかし、ここへきて、豪州の7月の新車販売でBYDがトヨタに243台差まで詰め寄り、トップの座が入れ替わるのは時間の問題となった。

 8月8日付の日本経済新聞朝刊には、2025年の世界のEVの平均価格がHVの価格を下回ったというニュースが出ていたが、豪州でBYDが躍進するのは当然だということがわかる。

 IEAの最近の報告書によれば、2026年上半期の中国のEV販売が、東南アジアで約75%、欧州で30%増となり、中南米は2倍超の大幅増だ。中国を除く世界の新興国・途上国では中国がEV販売の約6割を占め、南アフリカと中南米では約9割が中国製だ。これらの市場は今はまだ相対的に小さいが、2035年までには新興国・途上国の市場が世界の自動車販売の6割まで増えると予測されている。そちらが主戦場になるのだ。

 もう一つ新しい要素がある。数年前までのトヨタは、EVは充電環境が整わない途上国では普及に限界があるとして余裕を見せていた。ところが、BYDなどは、EVだけでなく、プラグインハイブリッド車(PHV)でもガソリン車の価格を下回る新車を販売し始めた。

 PHVなら、電気がなくてもガソリンで走れるから、充電ステーションというネックがなくなる。ガソリン価格が跳ね上がった状況も併せて考えると、高いEVと高いPHVしか出せないトヨタなどの日本メーカーには大きな脅威だ。

生き残るための「中国メーカーとの共闘」

 特に、東南アジア最大の自動車市場であり、トヨタなど日本メーカーが8割のシェアをなお維持するインドネシアに低価格のPHVが投入され始めたことは、これまでとは競争の次元が変わったことを象徴する。BYDだけでなく、他の中国メーカーもPHVや格安のEVの販売を始めた。どう見ても日本に勝ち目はない。

 こうなったのは、トヨタと癒着して同社の言いなりのHV優遇の自動車政策を継続し、さらに今なお中国BYDのEVへの差別的排除政策で敗者トヨタを守る経産省と、巨額の政治献金を提供するトヨタに頭が上がらない高市早苗首相をはじめとした自民党議員が、世界の流れを完全に読み誤り、どう考えてもEVに舵を切るべきだという専門家の意見に耳を貸さなかったことにある。

 前述のコラムにも書いたが、もはや中国メーカーの力を借りずに日本の自動車産業が生き残ることはあり得ない。日産やホンダやマツダなどは、単独での生き残りがほぼ難しくなった。これらの日本メーカーは、日産だけでなく、ごく近い将来にいくつかの国内工場の閉鎖を余儀なくされるであろう。そうなる前に、これらの国内工場で、中国のBYDなどの自動車メーカーと合弁でEVなどの生産を行う道を探るべきだ。

 中国の最先端技術を利用させてもらうことで、競争力のある製品を作り、それを国内に販売するだけでなく、世界市場に輸出する拠点にすることができる。

 単なる敗戦処理ではなく、日本の部品産業や電池を含めた戦略分野の業界の反転攻勢に繋げることも可能かもしれない。

「そのような大胆な政策転換を図れるか?」と考えたが、高市首相や赤沢亮正経産相、麻生太郎自民党副総裁、小林鷹之同党政調会長、吉村洋文日本維新の会代表など与党とその内閣の顔ぶれを見ても技術音痴の集合体のようなものだ。

 しかも、利権の維持拡大には大きな実績があるのかもしれないが、これまで、日本国民のために何かできたことはありますかと聞かれても、答えに窮する議員たちばかり。官僚も同じだ。

 国民のための貢献度で評価される競争によって勝ち残ったのではない、エセ「選良」たちによる日本の産業政策が、成功すると考える方が愚かなのかもしれない。

 

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