これから起きることについて、私は、まずマーケットが大々的なバブル局面に入っていくと考えています。しかし、その先にあるのは、ハイパーインフレーション、そしてデフォルトです。
この「デフォルト」という議論については、私は以前から申し上げてきました。しかし、世間一般にはなかなか受け入れられず、「本当にそんなことがあるのか」と考える個人や企業、組織もたくさんあります。
そこで重要なのは、単に「デフォルトになる」という話ではありません。
むしろ、「デフォルトにする」ということです。
だが、どうして、何のためにそうするのか。そこをきちんと説明しなければなりません。そして、実際にそうなったときに「では、どうするのか」ということについても、自らの行動をもって示していかなければならないと考えています。
私どもの研究所は東京にあります。職員はそこで仕事をしていますが、私自身は、これから起きることを考えれば、従来とは異なるオフィスライフスタイルへ変えていく必要があると思っています。
私が考えているのは、日本がデフォルトした後、そのまま衰退するということではありません。その後、日本が急上昇し、新しい秩序の中心になっていくという局面です。
その過程について、できるだけ分かりやすく、しかもリアルタイムで、「だからこうなったでしょう」と皆さんにお話ししていきたいと思っています。
『オペレーションZ』と国家財政
今回取り上げたいのが、真山仁さんの小説『オペレーションZ』です。
新潮社から出版された本ですが、新潮社は
一つのトレンドをつくるという意味で非常に大きな役割を担っている出版社だと思っています。その新潮社から『オペレーションZ』という作品が出たことに、私は注目しています。
そこでは、
「デフォルトを回避する道はただ一つ。日本の国家予算を半減する」
という非常に大胆な設定が提示されています。
ただ、私が気になったのは、そこで主として一般歳出の話が扱われていることです。
日本の国家財政を考えるのであれば、一般歳出だけを見ていてよいのか。それ以外の部分も含めて考えなければならないのではないか、というのが私の問題意識です。
「政体」では解決できない問題現在の議論を見ていると、どうしても政治の話になってしまいます。
選挙があり、誰が当選した、どの政党がどうなったという話が繰り返されています。しかし、私が以前から申し上げているのは、これから起きることは、そうした「政体」のレベルでは解決できない問題だということです。
つまり、通常の政治や政党、選挙といった枠組みだけでは扱えない問題です。
私が注目しているのは、それよりも上位にある
「国体」のレベルです。
そして、その入口の一つとして私が注目しているのが、
財政法第44条に関係する領域です。
一般の人が「国家予算」と聞いて思い浮かべるものだけでは、日本という国家の財政構造全体を捉えることはできない。そこに、通常の予算議論とは異なる大きな領域が存在している、というのが私の見方です。
こうした問題意識について書いたのが、私の『Pax Japonica』です。
この本では、なぜ「Pax Japonica(パックス・ジャポニカ)」が到来するのか、その必然性について論じています。
単に「日本文化がかわいいから」とか、「日本のポップカルチャーが世界で人気だから」という話ではありません。
また、「日本は技術立国だから」という説明だけでもありません。
日本が今後、世界の中で重要な位置を占めるのであれば、もっと根本的な理由が必要です。
私は、その問題を考えるうえで「簿外資産」というテーマを避けることはできないと考えています。
簿外資産とは何なのか。それはどこに存在するのか。そして、それを誰が管理しているのか。
さらに重要なのは、その「名目上の管理権」がどこへ移っていくのかという問題です。
私が「国体レベルで起きていること」と呼んでいるのは、まさにこうした動きです。
『Pax Japonica』では、そうした問題について、実際の文書や物品の写真なども掲載しながら説明しています。
これからは「新しい国のあり方」が問われる
これから先、日本ではまったく
新しい政治体制、そして新しい国のあり方が生まれていくと私は考えています。
したがって、従来の政党政治だけを見ていても、本当に起きていることは理解できません。
重要なのは、その背後で何が動いているのかを見ることです。
マーケットの大きな変化化してくるのがマーケットの変化です。
まず、為替レートに急激な変化が起きる。
そして、これから具体的に表面日本株についても、「政権が安定しているから大丈夫だ」と単純に考えることはできない。
むしろ、日本株こそ大きく動く可能性があると私は見ています。
そうしたマーケットの大きな変化の中で、皆さんが何を感じ、何を考え、何をするのか。
特に、これから半年間が非常に重要です。
半年後には大きな窓が開き始める。そのときまでに何を考え、どのような行動をしてきたのかによって、その後が大きく変わってくると考えています。
日本のデフォルトと世界経済
このシリーズでは、右か左かといった政治的な立場や、単なる歴史観の違いを議論したいわけではありません。
もっと根本的な問題を扱いたいと思っています。
日本が本当にデフォルトしたら、世界経済そのものに極めて大きな影響が及ぶのではないか。
それほど重大な出来事であるにもかかわらず、なぜ、そのような方向へ向かうのか。
あるいは、なぜその方向へ仕向けるのか。
誰が、どのような意図で、何のためにそれを行うのか。
私は、そうした問題について皆さんに理解していただきたいと思っています。
そして、単に知識として理解するだけではなく、これから実際に起きる出来事を見ながら、自分自身で確かめていただきたい。
いま政治を見ても、経済を見ても、どこか閉塞感があります。
政治では、新しいリーダーが登場しても、選挙の過程ではそれぞれ違うことを語っていたはずなのに、最後には主張が似通ってくる。そして、私たちの生活や産業をこれからどう支えていくのかという肝心な部分が、なかなか見えてきません。
歴史上一度しか起きない転換
今回は、前回から単純に話が続いているということではありません。
今回お話ししたいのは、まさに歴史上一度しか起きないようなことです。
それは何なのか。
少し難しい話になりますが、これまで私たち人間がやってきたことを考えてみると、基本的には「受け身」だったと思うんです。
何かがそこにあって、それが私たちに作用する。その結果として、「病気になりました」「成功しました」「失敗しました」「お金持ちになりました」「貧乏になりました」というように、起きた出来事を受け止め、その中で自分について考えてきたわけです。
ところが、これから先はそうではない。
ある出来事をきっかけとして、全員ではありませんが、ある種の人たちが、
「いや、そうじゃないんじゃないか。こういう世界にしたいのであれば、こうなるように自分たちでつくっていけばいいじゃないか」と考えるようになる。
これまでは「つくられる側」、つまり受け身一方だったものが、これからは「つくる側」に入っていくということです。
違和感を持って生きてきた人たち
では、それは何なのか。
世の中には「アセンション」や「覚醒」など、いろいろな言い方があると思います。
この動画をご覧になっている方の中にも、これまでの人生はそれなりに楽しかったけれど、どこかでずっと違和感を感じてきた、という方が多いのではないでしょうか。
周囲のみんなが同じ方向へ進んでいる。しかし、「みんながそうしているからといって、それが本当に正しいのだろうか」と思ってしまう。
では何が正しいのかと聞かれると、うまく言葉にはできない。
けれども、自分の中には何か一つの「真実」のようなものがある。それをどう表現したらよいのか分からず、非常にもどかしい思いをしてきた。
そういう方々がいらっしゃると思うんです。
絶対的なマイノリティーではあるけれども、そういう方々に共通しているのは、非常に優れた感覚、能力を持っているということです。
ただし、「みんなで手をつないで、いっせーのせでゴールしましょう」ということができない。
だから「変わり者だ」「とんでもない奴だ」「もっと周囲に合わせろ」と言われてきた。
しかし実は、これからの社会では、そういう人たちの方が重要になってくるのではないかと思っています。
「受け身」では対応できない世界
これまでの社会では、
「そうだね、そうだね」
と周囲に合わせ、受け身でいることで満足できた人もたくさんいました。
しかし、これから先、状況が大きく変わった瞬間には、
「能動的に動ける人間」でなければ対応できなくなっていく。
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おそらく、これから起きる出来事は、金融メルトダウンやリーマン・ショックといったレベルではない。
そうしたものをはるかに超える出来事が次々と起きてきたとき、多くの人たちはどうなるのか。
私は、人間の中にある何かのスイッチが「カチッ」と切れてしまうのではないかと思っています。
私はこれを「フィアット電源」と呼んでいます。
あまりにも想定外の出来事が起きると、「なぜだ。どうしてこんなことになったんだ」
となり、思考そのものが止まってしまう。
しかし、そうならない人たちが、ほんの一握り存在するんです。
次の世界をつくる人たち
そういう人たちは、とんでもない出来事の中にあっても、次の世界をつくり出していく力を持っています。
そして、この人たちは、ほんの少しだけ先の世界を感じることができる。
「このままいけば、こうなる」
「だから、絶対にこんなことをしてはいけない」
「むしろ、こうすべきだ」
ということが感覚的に分かる。
ところが、多くの・・・(ここまで)



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