物騒な時代の始まり
アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で、大学院生が、
「この世で最も致命的な化学物質を合成した可能性」
が報じられていました。
その物質は、「ジメチル水銀」というもので、ごく微量の曝露でも生命に危険を及ぼす、極めて強力な神経毒を持つ有機水銀化合物です。
昔から「毒」ということについては、よく考えることがありました。
「毒と薬の関係」のことを知って以来のことですが、それを知ったのは、たとえば、16世紀の「そんな異端もいたんかい」というような医学界の異端であったパラケルススの次のような言葉もそうでした。
「すべての物質は毒であり、毒でないものは有り得ず、まさに用量が毒と薬を区別する」
しかし、毒もあまりにもすごい毒ですと、用量も何も関係ない「純粋毒」という成立するのだなあと今回、報道を読んだあと、そのジメチル水銀というものを調べていて思いました。
報道自体は短いものですので、まずご紹介します。
MITの学生が、人類が知る中で最も危険な化学物質の一つを合成したと主張し、大規模な危険物対応が引き起こされた
MIT student claims he synthesized one of the deadliest chemicals known to man – sparking massive hazmat response
NY Post 2026/08/30
マサチューセッツ工科大学(MIT)の学生が先週、世界で最も危険な化学物質の一つを合成したと主張し、大規模な危険物処理班の出動と、彼が勤務していた研究室の閉鎖を引き起こした。
NBC ニュースによると、身元は明かされていない大学院生が地元の救急救命室に現れ、ジメチル水銀を合成したと述べた。ジメチル水銀は非常に毒性の強い化合物で、ごく少量でも人体に曝露すると致命的となる可能性がある。
学校関係者によると、その学生は当該化合物を扱う許可を得ておらず、また、それは彼の研究の一環でもなかったという。

MIT18号館と呼ばれるカミーユ・エドゥアール・ドレフュス化学棟
MIT は水曜日(8月26日)に実験が行われた 18号館を閉鎖し、市の緊急対応要員を招集して清掃作業を開始させた。
念のため、学生寮の共用エリアも専門業者によって清掃され、学生の部屋は封鎖された。
検査と調査が継続されたため、18号棟は日曜日まで閉鎖されたままだった。
「新たな情報から、この化合物が実際に合成されたものかどうか疑問が生じている」と、MITの広報担当者は土曜日に述べた。
「学生本人の許可を得て、学生は現在も医師の診察を受けているものの、本日受け取った最初の血液検査の結果では、水銀への曝露の兆候は見られなかったことを明らかにできる」と広報担当者は続けた。
アメリカ環境保護庁(EPA)の健康環境研究オンラインデータベースに掲載されている研究によると、ジメチル水銀は「深刻な環境および健康被害」をもたらす可能性がある。
1997年には、ダートマス大学の化学教授カレン・ウェッターハーンが、手袋を着用していたにもかかわらず、わずか 1~ 2滴が手に付着しただけで死亡した事件も発生している。
また、2012年にはドイツの労働組合幹部の暗殺にも使用された。
ここまでです。
この中に、1997年のダートマス大学の化学教授のことに軽くふれられていますが、もう少し詳しく書きますと、以下のような出来事でした。
非常に強い毒性を持つものですが、「即死する」ものではなく、徐々に身体(特に脳と神経)を蝕んでいく特性があるようです。米国の医学メディアの記事からの抜粋です。
ダートマス大学の女性教授ウェッターハーン博士の事例
重金属の毒性学を専門とするダートマス大学の著名な女性教授であったカレン・ウェッターハーン博士は、1996年8月、実験中にジメチル水銀をピペットで移し替える作業を行っていた。
その際、数滴の液体が、当時安全とされていた使い捨てのラテックス製ゴム手袋の上に付着した。
彼女はすぐに拭き取り、特段の異常を感じなかったためそのまま作業を終えたが、この数滴が手袋を瞬時に通過して皮膚から体内に吸収されてしまっていたのだ。
発症までのタイムラグ:体内に吸収された後も数ヶ月間はまったく自覚症状がなかった。事故から約 5ヶ月後の 1997年1月、歩行障害やろれつが回らない、バランス感覚の喪失といった重度の神経症状が突如として現れた。
病院での検査の結果、血液中の水銀濃度は通常値の数千倍に達しており、懸命な解毒治療も及ばず、数週間のうちに昏睡状態に陥り、事故から約 10ヶ月後の 1997年6月に 48歳で亡くなった。
ジメチル水銀は、ゴム手袋を「瞬時に貫通」し、その後、数ヶ月かけて、脳や神経を破壊していったということのようです。
こんなものすごい毒があるものなのだなあと思いますが、先ほどの報道は、こういう毒性化学物質を「学生が合成した」というものです。
本当にその学生が合成したのかどうかは、現時点でも定かではないですが、仮に本当に合成したのなら、
「すさまじい毒物を学生が合成することができる」
ということにもなり得ます。
ただ、多くの専門家は、この学生の主張に疑念を抱いていて、たとえば、サイエンス誌は、緊急記事として以下のように書いています。
2026年9月1日のサイエンスより
…私たちが知らないのは、この学生が一体何を企んでいたのかということだ。
なぜ彼らはジメチル水銀を合成する必要があると考えたのか、そして実際にどのような化学反応を行ったのか。詳細がいつ判明するかは分からないが、もし実際に公開されているのなら、今日また建物や実験室が開いているという事実から、実際にはまったく試みがなかったと考えざるを得ない。
ジメチル水銀を作るのは、他の非常に有害な種を通り抜けて非常に深刻な廃棄物の流れを発生させなければ不可能だ。これほど早く、これほどまでに完全に浄化できるとは、信じがたいことなのだ。
水銀は、MIT が豊富な十分な分析化学装置を用いて、非常に低いレベルまで検出できる。したがって、ここでの主な問題はおそらく合成化学の問題ではないが、さらに詳しい情報を待ちたい。
ただし、この化合物にまだ興味を持っている人が他にいるなら、一言だけ言っておきたい、この段階でジメチル水銀を合成したり、操作したりすることは、クールでもなければ、観客を感動させるものではない。
生物科学それは、この仕事が進行中に、あなたの命や、周囲にいるだけの運の悪い人の命を危険にさらす非常に愚かな考えだ。単に運が悪ければ、風下にいる他人の命を脅かす。それは自家製の強力な神経ガスを使うようなものだが、それ以上に、少なくともそれはすぐにあなたを殺す。
こういうものを「作りたがっている人たちが他にもいる」可能性を感じさせる文章ですが、単なる化学物質やテロ兵器と違って、「自分も殺してしまう可能性が高い」あたりが、他の毒物とは異なるもののようです。
なお、上の記事に「風下にいる他人の命を…」という部分がありまして、ジメチル水銀は液体ですが、
「非常に気体へ変化しやすい」
ものだそうで、つまり、適当に置いておくだけでも、「多数を殺傷できる強力な毒ガスになってしまう」のですね。
テロっぽい話にもつながります。
ちなみに、ジメチル水銀と似た名称のものに「メチル水銀」というものがあり、これは、水俣病の原因となった水銀ですが、それとは違うものです。
メチル水銀による水俣病も大きな問題でしたが、ジメチル水銀は、これとは異なる猛毒の化学物質です。
私たちの社会は、特に医療において「毒なのか薬なのかわからない」ものに覆われていますが、そういう概念を排除した「純粋な毒」というものがあるのだなと。
薬になる毒もありますが、ジメチル水銀のように「薬にはなり得ない純粋毒」というものもあるのがこの世のようです。
何が言いたいのかわからなくなってきましたが、物騒な世の中になると、物騒な話題が出てくるものだなと思った次第です。




コメント