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人生が100年あるならいつまで働くのが最適解か? 

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人生100年時代 社会問題

人生が100年あるならいつまで働くのが最適解か? 

「高齢者は低賃金」は過去の常識! 安心な老後のための《引退戦略》

人生100年、私たちはいつ引退するのか

多くの人がリンダ・グラットンとアンドリュー・スコット著『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』(池村千秋訳、東洋経済新報社)を手にして驚いたと思う。

平均寿命のデータをもとに、100歳以上生きることが当たり前の、「人生100年時代」の到来を示す書だ。

人生100年時代には、従来の「教育・仕事・引退」の3段階の人生モデルは崩壊するという。長寿の恩恵に浴するには、スキル刷新や人間関係への投資といった有形無形の資産を管理し、マルチステージな人生を設計すべきだと説く一冊である。

本書を読んだ方は、本当に100歳まで生きられるのか、といぶかしみつつも、100歳まで生きられたとしたらどんな世の中になるだろうかと、人生100年時代の到来に思いを巡らしたのではないか。

私は講演などでリタイアメントプランについて話すことが多いが、日本国内では2016年に刊行の『LIFE SHIFT』がベストセラーになるまでは、私たちの人生が、多くの人が考えているより長いことを説明するのにいつも苦労していたものだ。

「65歳男性の平均余命が約20年、女性が約25年であるということは、男性は85歳、女性は90歳まで当たり前に生きるのが、もうリアルな現実ですよ」

と述べても多くの人がピンとこない顔をしていた。

自分が90歳まで生きるイメージを持てないようでは、90歳までのお金の備えを考えることもできない。

ところが『LIFE SHIFT』が知られるようになった後では多くの方が「人生100年時代」と口にするようになり、講演でも受け入れてもらえるようになった。

 
 

2019年以降はこれに加え、「老後に2000万円」という騒動もあった。金融庁のワーキング・グループのとあるレポートに端を発したものだ。

レポートそのものは、計画的な老後資産形成をどう支援するべきか(NISAの充実はその成果のひとつ)、リタイア後の資産管理はどうあるべきかなど意欲的なレポートであったが、その中に記載があった「公的年金だけでは月約5万円不足する」という部分だけがメディアに取り上げられ、さらに年金不安論、政権批判などが絡んで、誤解の多い騒動に発展した。

それでも、この騒動によって「長い老後=お金を備えておく必要がある」という認識がコンセンサスとなったように思う。ただし、長い老後にいったいいくら備えれば足りるのか、闇雲に不安を大きくしている人も少なくない。

拙著『リタイア・シフト』は「ライフ・シフト」の時代に、「私たちはいつ、引退するのか」という問いへの最適解を検討しようとするものだ。

今、「リタイア・シフト」の最前線となっているのはこの日本である。なぜなら、世界トップクラスの平均寿命と健康寿命を持つ人たちが、引退年齢を迎えつつある、世界をリードする「リタイア先進国」だからだ。

 

一律な定年年齢は崩壊が進んでいる

書籍『LIFE SHIFT』においては、長寿化はこれまでよりさらに長く働く時代を意味するとおおむね説明されてきた。これは正しいと思う。

人生70年の時代に22歳まで学び、60歳まで働き、老後を10年送ったとする。すると人生全体の54%が働く期間で、14%が老後である。

これが現在の、男女合わせた平均寿命84歳の時代だと、22歳まで学び、これまでと同じく人生の54%を働くとしたら勤続期間は46年。すると68歳だから、65歳リタイアの現状に近い。

65歳雇用は「以前より長く働かされている」のではなく、「寿命の延びに応じた勤続期間の延び」でしかないのだ(むしろ65歳リタイアは数年ほど短いともいえる)。

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じゃあ老後が短くなったかというとそんなことはない。65歳から84歳まで、残されている老後は19年。人生70年時代の老後からほぼ2倍となっている。

働く期間も延びたが、それ以上に老後も延びているわけである。

これがもし、人生90年に延びたとしよう。学生として学ぶ期間は大きく変わらない(22年のまま)として、人生の54%が働く期間だとしたら、勤続49年になり71歳でリタイアすることになる。

それでも老後は19年もあり、老後の期間が減ることはない。人生の時間の21%を自由に過ごすことができる。

さらにいえば、「71歳でリタイア」を誰もが同様に受け入れる必要はない。リタイアに関する変化は硬直的に起きるものではないからだ。

今までの日本では一律に定年年齢が定められ、これも一律だった公的年金受給の開始年齢が私たちのリタイア年齢を制約してきたが、これからの時代はそうではない。

私たちは「自分のリタイアする年齢を自由に選べる、歴史上初めての世代」となるのだ。

65歳でリタイアする、70歳あるいはそれ以上まで働いてリタイアする、逆にリタイア年齢を60歳あるいはそれ以前にすることだってあっていい。

私たちは何歳まで働くべきか、あるいは何歳まで働けるのだろうか。そのとき自分自身はどう考えるべきなのだろうか。

人生100年時代は、リタイアの多様性の時代でもあるのだ。

 

「高齢者は低賃金」は過去のもの

「リタイア・シフト」、つまり引退の変化と聞くと、労働者の意思に関係なく引退年齢が遅くなるというイメージを持つ人もいるだろう。

あるいは「長く働くといっても低賃金はイヤだなあ……」という感覚があるかもしれない。

実はリタイアを取り巻く社会の環境が今、大きく変わり始めている。

まず60歳以降の賃金や処遇については改善が進んでいく。今まで継続雇用で働くことは低賃金を意味していたが、そのような「当たり前」はなくなるのだ。

低賃金を助長する一因となっていた、国の給付制度も見直される。

定年年齢も引き上げが進む。65歳定年制の企業はすでに3割を超えている。その増加スピードは速く、10年を待たずして5割を超えることになるだろう。

これについては大企業のほうが実施が遅く、中小企業が先行して定年延長に取り組むようなユニークなトレンドも生じている。

このように雇用条件が改善していく最大の理由は、わが国では雇用が大幅に不足していくからだ。

若者は減り、奪い合いとなる。そのとき、社内にいる技能熟練者を手放したり、低賃金で単純労働させたりするほど愚かなことはない。対応の早い企業ほどそれに気がつき始めているのだ。

一方で、公的年金の受給開始年齢は「65歳」が当面の間は維持され、年齢が引き上げられる動きはない。ここに歴史上初めて、公的な引退年齢と民間の引退年齢が逆転する時代が到来しようとしている。「リタイア・パラドックス」といってもいい。

2000年代から2010年代の常識は「65歳まで年金が出ないのだから、それまでは低賃金で働くしかない」だった。

それが、これからは「不本意ながら働く」必要はない、としたら?

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