イギリスの車上生活者問題は、住宅不足だけによって生まれたものではありません
イギリスで今、住宅を失い、車の中で生活する人々の存在が深刻な社会問題になっています
キャンピングカーやバンで自由に旅をする、いわゆる「バンライフ」とは事情がまったく違います
家賃を払えない、新しい住宅を借りる資金がない、公的支援にもたどり着けない――そうして最後に残された屋根のある場所が、自分の車だったという人々です
背景にあるのが、イギリスを覆う住宅危機と生活費の上昇です
近年は家賃が急速に上昇する一方、食料品や光熱費など生活に欠かせない支出も家計を圧迫しています
かつてホームレスという言葉から連想されたのは、失業して収入を失った人や、長期間路上で暮らしている人でした
しかし現在は、そのイメージだけでは説明できなくなりつつあります
フルタイムで働いていても、給料の大部分が家賃や光熱費、食費に消えていきます
そこへ突然の失業や病気、家賃の値上げなどが重なれば、それまで普通に暮らしていた人でも短期間で住宅を失いかねません
住宅価格の高騰によって、若い世代にとってマイホームを持つこともますます難しくなっています
普通に働いていれば普通の家に住める――そんな社会の前提そのものが揺らぎ始めているのです
さらに問題を複雑にしているのが、車上生活者が社会から見えにくいことです
路上や公園で寝泊まりする人なら行政にも把握されやすいですが、車内で生活している場合、外から見れば単に駐車しているようにしか見えません
夜になると車を止め、窓を覆って眠り、朝になると再び移動します
そのため実際にどれほどの人が車で暮らしているのか、正確な実態を把握することは難しくなっています
いわば「見えないホームレス」です
そして住所を失うことは、単に寝る場所を失うだけではありません
現代社会の多くの仕組みは、固定された住所を持っていることを前提に作られています
医療、銀行、行政サービス、就職活動、子どもの教育など、生活を立て直すために必要なサービスほど住所との結びつきが強くなっています
住宅を失ったことで社会との接点まで失い、それによって再び住宅を確保することが難しくなります
ここに深刻な悪循環が生まれています
本来なら住宅を失った人こそ社会保障によって支えられるべきですが、住居や住所がないこと自体が支援を受ける際の障壁になる場合もあります
車で地域を移動していれば自治体とのつながりも弱くなり、結果としてどこの地域にも所属できない人が生まれてしまいます
支援を必要としているから住所がないのに、住所がないから支援にたどり着けない
最も困っている人ほど制度からこぼれ落ちていくという矛盾が起きています
貧困を取り締まるのか、それとも住居を与えるのか
車上生活者をさらに追い詰めているのが、駐車場所をめぐる問題です
イギリスでは2022年に警察・犯罪・量刑・裁判所法、いわゆるPCSC法が施行され、車両などを使って生活する人々への影響が懸念されてきました
一般の人にとって車は移動手段ですが、車上生活者にとっては車そのものが家です
車を失えば寝る場所だけでなく、衣類や食料、生活用品を保管する場所まで一度に失うことになります
経済的に追い詰められた結果として車で暮らしている人に、罰金や車両撤去などによってさらに負担を与えれば、生活再建はますます難しくなります
こうした状況が「貧困の犯罪化」と批判される理由もそこにあります
一方で、車上生活者の間には独自の助け合いも生まれています
ソーラーパネルで確保した電力を分ける、水を共有する、食事を提供する、困っている人がいれば声を掛けるなど、小さなコミュニティの中で生活を支え合っています
行政制度からこぼれ落ちた人々が、自分たちで相互扶助の仕組みを作っているのです
社会から排除された人々が互いを支える光景は人間の強さを感じさせる一方、本来ならこうした善意だけに生活を委ねるべきではありません
そこで重要になるのが、住宅を失った人にまず安定した住居を提供し、その後に就労や医療、福祉などの支援につなげる「Housing First」という考え方です
仕事を見つけ、生活を安定させ、それから住宅を与えるのではなく、生活再建の土台として最初に住宅を確保します
社会住宅の供給拡大、住宅手当の見直し、利用されていない建物の緊急住宅への転用、車上生活者が安心して夜を過ごせる駐車場所の整備なども必要になってきます
重要なのは、ホームレスを一部の特殊な人々だけの問題として片付けないことです
家賃が上がり、食料品が上がり、光熱費が上がり、それに所得が追いつかなければ、これまで安定して暮らしていた人でも住宅を失う可能性があります
イギリスの車上生活者問題は、住宅不足だけによって生まれたものではありません
生活費の高騰、社会保障制度の限界、住宅価格と家賃の上昇、貧困への取り締まり、そして住所を持たない人々が社会から見えなくなっていく不可視化
それらが積み重なった末に、車を最後の住居にせざるを得ない人々が現れています
車は本来、人を目的地へ運ぶためのものですが、その車が人生で最後に残された家になっている人々がいます
問われているのは、車上生活者をどこへ移動させるのかではありません
普通に働き、普通に暮らし、安心して眠れる場所を持つという当たり前の生活を、これからも社会が維持できるのか
イギリスのホームレス危機は、その根本的な問いを突きつけています



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