マスクはむしろ逆効果?:いくつもの医学論文がマスクの効果を疑問視

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電車内でマスクする人々 ウイルス

マスクはむしろ逆効果?:いくつもの医学論文がマスクの効果を疑問視

引用元: On Masks and COVID-19 by Arthur Firstenberg  / 字幕大王の訳を改訳させて頂いている。

 

青字はザウルスの解説。

医学部に通っていた者として、私は 1981年 に英国王立外科医院紀要に掲載された Neil Orr’s study   の研究を読んだとき、衝撃を受けた。オール博士はコルチェスターのセウォルズ外科病棟の外科医だった。1980年3月から8月までの6ヶ月間、その病棟の外科医とスタッフは、手術中にマスクを着用しないとどうなるかを調べることにした。


彼らは半年間マスクをしなかったが、1980年3月から8月までの手術中の傷口感染率と、それ以前の4年間の3月から8月までの傷口感染率を比較してみた。驚いたことに、手術中に誰もマスクをしていなかった場合の創傷感染率は、全員マスク着用の場合の半分以下であった。彼らの結論は 「汚染を最小限に抑えるには、マスクを全く着用しないことが最善の方法」であり、手術中にマスクを着用することは、「放棄される可能性のある標準手順である 」という結論だった。

むしろマスクなんかしないほうが感染を最小限に抑えることができる、ということである。

 

私(A. Firstenberg)はあまりにも驚いたので、これは偶然の出来事であり、新しい研究が病気の蔓延防止にマスクの有用性を示しているに違いないと確信し、医学文献を調べ上げた。

Firstenberg 自身 も、最初は 「まさか!」 と思ったのである。(笑)

 

しかし驚いたことに、過去45年間の医学文献には一貫して、マスクは病気の蔓延を防ぐためには役に立たないし、むしろ不衛生なものであり、それ自体が細菌やウイルスを蔓延させるものであるということだった。

“マスク信仰” は “非科学的な迷信” ということである。(笑)

 

以下、過去45年間の関連論文の紹介。


Ritter et al. 1975 年  に「外科用フェイスマスクの着用は、全体的な手術室の環境汚染に影響を与えなかった」ということを発見した。

マスクをしても影響がなかったということは、マスクをする意味が無かったということではないか?

 

Ha’eri and Wiley  は、1980 年  にヒトアルブミンマイクロ粒子を、20回の手術で手術用マスクの内側に塗った。各手術の最後に、創傷洗浄を顕微鏡で調べた。「傷口がマイクロ粒子によって汚染されていることがすべての実験で実証された」

マスクの透過性、つまり、マスク着用の効果が極めて低いこと、が証明されたということである。

 

Laslett and Sabin   1989 年 に発表された論文では、心臓カテーテル検査中にキャップやマスクは必要ないことがわかった。「キャップやマスクを使用したかどうかにかかわらず、どの患者でも感染症は認められなかった 」と書いている。Sjøl and Kelbaek も 2002年 に同じ結論に達した。

 

マスクをしていなくても手術患者に感染症は発生しなかったということなら、マスクをすることにどんな意味があるのか?

 

 

A review by Skinner and Sutton 2001 年 において、「外科用フェイスマスクの使用を中止するための証拠は、継続的な使用を支持する現在入手可能な証拠よりも強いように見えるだろう」と結論づけた。

一般の “マスク信仰” とは裏腹に、マスクをする医学的根拠は極めて乏しいということではないか?

 

Lahme et al. 2001 年 に以下のように書いている。「われわれの研究によると、手術用フェイスマスクは、局所麻酔中に “患者” が着用しても、手術室の空気中の細菌濃度を低下させなかった。したがって、マスクは着用しなくてもかまわない」

これは手術患者にさせるマスクの話である。結論は、患者にマスクをさせる必要はないということである。

 

Figueiredo et al. 2001 年 に発表された研究では、マスク無しで腹膜透析を5年間行った彼らのチームでの腹膜炎の発生率は、マスクを着用した病院(複数)での発生率と変わらなかったと報告されている。

5年間調べても、マスクには効果もないし、意味もない、という結論なら、10年調べても同じ結論ではないか?

 

Bahli  は 2009 年 に包括的な医学論文調査を行い、「術後創傷感染症の発生率において、マスク着用手術群とマスク不着用手術群の間で有意な差は観察されなかった」ことを明らかにした。

「包括的な医学論文調査」とは、それまでのマスク使用の効果についての関連文献を網羅した調査ということである。けっきょく、マスク着用、不着用の間には大した差はないという結論ではないか?

 

Surgeons at the Karolinska Institute  スウェーデンでは、マスクの使用を支持する証拠が存在しないことに鑑み、2010 年 に麻酔科医やその他の減菌処置をしない人員にマスクを義務付けることを中止した。「減菌処置をしない人員に対し慣行の手術用マスク着用を要求しないという私たちの決定は、一般的な慣行からの脱却だ。そもそもこの慣行を裏付ける証拠は存在しないのだ」とエヴァ・セルデン博士は書いている。

(「減菌処置をしない人員」とは、通常の手術着を着た医療従事者)

“マスク信仰” を打破したということではないか?

 

Webster et al. 2010 年 に発表された「日本の医療技術に関する研究」では、827人の患者に行われた産科、婦人科、一般、整形外科、乳房、泌尿器科の手術について報告されている。減菌処置をしないスタッフが手掛けたすべての手術のうち、半分の手術ではマスクを着用しており、あとの半数の手術ではマスクを着用しなかった。手術部位の感染は、マスク群では11.5%、マスク無し群では9.0%にとどまった。

マスクをした手術のほうが感染率が高かったという “逆効果” が日本でも証明されていたということではないか?

 

Lipp and Edwards は 2014 年 に手術文献を調査し、「どの試験においてもマスクをした群と、していない群の感染率に統計的に有意な差は見られなかった」とした。Vincent and Edwardsは2016年にあらためて同じ調査をしたが、結論は同じであった。

手術中にいくらマスクをしても、しなかった場合に比べて感染率に “大した差” はなかった ということは、マスクをすることには “大した意味” はない、ということではないか?

 

Carøe  2014 年 に 4 つの研究と 6,006 人の患者に基づいてのレビューでは、「手術用マスクを使用してもしなくても術後感染症の発生数に違いは見られなかった」と書いている。

マスクをしても感染症の発生数に差が無いとしたら、マスクに何の意味があるのか?

 

Salassa and Swiontkowski  2014 年 に、手術室における手術着、マスク、キャップの必要性を調査し、「これらの措置が手術部位の感染率を減少させる証拠はない」と結論付けた。

減菌処置をした手術着、マスク、キャップといった手間、費用に対して、それらに見合った効果は実証的に証明されない、ということである。費用対効果の観点からも意味がないということではないか?

 

Da Zhou et al.  は、2015 年 に文献を調査し、「フェイスマスクが感染性の汚染から患者や外科医のいずれかでも保護するという主張を支持する実質的な証拠は存在しない」と結論付けている。

マスクの効果を実証的に証明している証拠、医学論文などはけっきょく存在しない、ということではないか?

“マスク信仰” には科学的裏付けがまったく無いということではないか?

 

 

中国の学校では現在、生徒に運動中のマスク着用を禁止している。なぜか?マスクが生徒たちを殺すからだ。 

生徒たちから酸素を奪い、殺していたのだ。少なくとも3人の子供たちが体育の授業中に死亡した。うち2人はマスクをしながら学校の陸上競技場を走っていた。そして26歳の男性は、マスクをつけながら2.5マイル(4 km)を走った後、肺虚脱(気胸)を起こした。

 

 

マスクをすれば、必要な酸素の供給量が低下することは明白ではないか?

 

マスクを義務化しても、死亡率はどの州でも下がっていない。屋内外でのフェイスマスク着用を義務付けていない米国の20の州は、マスクを義務付けている30の州よりもCOVID-19の死亡率が劇的に低くなっている。マスクをしない州のほとんどは、人口10万人当たりのCOVID-19の死亡率が20人以下であり、死亡率が55人以上の州はない。死亡率が55人より高い13の州はすべて、すべての公共の場でマスクの着用を義務づけている州である。マスクは彼らを保護していない。

マスクをすることの医学的なデメリットは、統計的、疫学的に明らかではないか?

 

われわれは永遠の病気状態、意味のない隔離、の環境に生きている、とベンジャミン・チェリーは ‘New View Magazine’  の 2020 summer の号に書いている。隔離、分離は生命、魂、自然を破壊するのだ。

つまり、マスクは吐く息を口元にとどめ、“自然な空気の流れ” を淀(よど)ませてしまうということではないか?

マスクは空気を淀ませる。

淀んだ水が腐ってくるのと同じように、淀んだ息の籠ったマスクで雑菌が繁殖するのではないか?

 

                                                                                                                                 2020/ 8/11

Arthur Firstenberg   

アーサー・ファーステンバーグ

 

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さて、マスクをする意味について、医学的・科学的に考えるとどういった結論になるか、を十分にご理解頂けたのではなかろうか。

 

 

 

しかし、毎日一歩家を出れば、マスクをした人たちの流れに呑まれて生活しているこの現実は何なのか?「2020 コロナパンデミック」 が史上最大の茶番劇である可能性

 

 

今回の新型コロナウィルスは例年のインフルエンザよりも感染者は少なく、感染しても死亡例は極めて少ない。インフルエンザのほうが死亡者は多いのだ。

同じ騒ぐのなら、どうして今までインフルエンザに対して今回のコロナ騒動以上に騒いでいなかったのか? 何かヘンじゃないか?

あなたの身の回りで新型コロナウィルスに感染したというひとがいったい何人いるというのか?ゼロだろ!

マスク生活が常態化して、マスクをしていないと不安になってくる。しかし、本心で感染を恐れているのだろうか?

 

違うのだ。もはや感染が怖いからマスクをしているのではないのだ。

マスクをしていないと “人に迷惑をかけても平気なヤツ” と思われる(ような気がする)からマスクをしているのだ。(笑)

マスクをしていれば “ひとを危険にさらさないように配慮しているまとも(?)な人間” に見える(ような気がする)から、マスクをしているのだ。(笑)

要するに、“非国民” と思われないようにマスクをしているだけなのだ。(笑)

科学的、医学的な根拠に基づいてマスクをしていると当人は思い込んでいるのだが、それは何の根拠もない、非科学的な、まさにカルト的な “マスク信仰” だったのだ。

“マスク信仰” はより大きな “コロナカルト” という “カルト宗教” の一部である。科学的な根拠のない、集団的で誘惑的な強い思い込みはゆうに “カルト宗教” と呼べるのではないか?(笑)

 

単に “非国民と思われないために” 着用しているだけなのだ。「自分は安全な存在である」 というメッセージを伝えるために習慣的に着用しているのである。

 

つまり、マスクはもはや “社会的シグナル” に過ぎないのだ。

 

“社会的シグナル”? そう、科学的、医学的な因果律とは別次元のものである。マスクの着用は儀式的なものである。シグナルは或るメッセージを伝えるためのものだ。

 

例えば、旅客機のパイロット、電車の運転士、バスの運転手などは制服を着ているだけでなく、決まって “制帽” をかぶっている。一部のタクシー運転手もそうだ。

この制帽というシグナルは非常に強いメッセージを送っている。公共の乗り物の操縦をつかさどり、乗客の生命と安全を預かる存在として、「乗客の皆さん、わたしは安全な操縦をしますからご安心ください」 というメッセージを送っているのである。

この “シグナルとしての制帽” が “科学的、技術的な因果律とは別次元のもの” であることは、パイロットは実際の仕事をするコックピットでは制帽をかぶっていないという事実でわかるだろう。乗客がコックピットを見ることはないからだ。

いっぽう、電車やバスでは “乗客の視線” に常にさらされるので、原則として常に社会的シグナルとしての制帽をかぶっているわけだ。そして不断に 「安全運転をしていますから、ご安心くださーい!」 というメッセージを送っているのだ。

つまり、“世間の視線” があるから “社会的シグナル” が存在するのだ。

 

同様に、“コロナマスクという社会的シグナル” は、「世間の皆さん、わたしは安全な存在ですよ」 というメッセージを送っているのである。

 

しかし “コロナマスク” をしているひとは、していないひとよりも本当に 「安全な存在」 なのだろうか?

実は、そのマスク自体には、科学的・医学的な効果がないどころか、“逆効果” の可能性すらあるのだ。

 

「過去45年間の医学文献には一貫して、マスクは病気の蔓延を防ぐためには役に立たないし、むしろ不衛生なものであり、それ自体が細菌やウイルスを蔓延させるものであるということだった。」

“マスク信仰” は “非科学的な迷信” ということである。(笑)

 

マスクは吐く息を口元にとどめ、自然な空気の循環を淀(よど)ませてしまうということではないか?

マスクは空気を淀ませる。

淀んだ水が腐ってくるのと同じように、淀んだ息のこもったマスクで雑菌が繁殖するのではないか?

マスクは、吐く息によって雑菌には理想的な温度と湿度が常に維持されているだろう。

前日1日中着けていたマスクを翌日の朝再び着けようとすると “臭い” ことに気づかない人間もいる。(笑)

マスクは “雑菌培養器” であると同時に “雑菌拡散器” としても機能している可能性がある。

 

もしそうならば、別の問題があったことになる。

 

つまり、空気の淀みの元のマスクを通して呼吸することによって、不衛生な雑菌をみずから吸い込み、そしてマスクを通して外に放出していることになる。だからこそ、以下のような “逆効果” が起こるのではないか?

Tunevall’s  の 1991 年 の研究において、一般外科チームで、2年間、半数の手術でマスクを着用していなかった。マスクを使用した1,537例の手術では創傷感染率は4.7%であったが、マスク無しでの1,551例では創傷感染率は3.5%にとどまった。

 

Webster et al. 2010 年 に発表された「日本の医療技術に関する研究」では、827人の患者に行われた産科、婦人科、一般、整形外科、乳房、泌尿器科の手術について報告されている。減菌処置をしないスタッフが手掛けたすべての手術のうち、半分の手術ではマスクを着用しており、あとの半数の手術ではマスクを着用しなかった。手術部位の感染は、マスク群では11.5%、マスク無し群では9.0%にとどまった。

 

 

そうだとしたら、

“マスク信者たち” は、「わたしは安全な存在です」 というメッセージとは裏腹に、実際はマスクをしていない人よりも不衛生で有害な空気を常に吐き出していることになる。

当人たちは、自分は周りの人に迷惑をかけないためにマスクをしているつもりが、実際は周りの人に向けて、より不衛生な空気、より多くの雑菌を拡散していることが考えられる。

 

 

マスク信者が乗った電車の中は、マスクをしない同数の乗客が乗った車内よりもむしろ不衛生で、より危険な環境であるとも考えられる。

 

いずれにせよ、“マスク信仰” は科学的根拠のない、有害な “コロナカルト” の一部である。

マスクに単に効果が無いだけなら、まだいいかもしれない。

しかし、実際は “逆効果” の疑いが非常に濃厚であるだけでなく、“悪循環のスパイラル” に呑み込まれて脱け出せなくなる、危険な “カルト宗教” の入り口なのだ。

 

 

マイコメント

ここまで証拠を突き付けられても多くの日本人はマスクするでしょうね。

なぜなら、この事実を知っていてもこうした内容を上手く説明できないばかりか

相手から否定されると反論できないからです。

ともかく人と違うことを言うと嫌がられ、あの人変じゃない?と言われて

変人のレッテルを貼られるのが怖いからです。

ただそれだけだと思います。

それなら、そんな説明しなくともいいから自分だけマスクしない習慣をつければ

すむことではないでしょうか?

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