破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:提供することが循環している」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:提供することが循環している」

今日の破・常識!

プレゼントされたものは、

もうあなたのものだということです。byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。  

vol. 1506 提供することが循環している

「提供することが循環している」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話出来ることに感謝します。

 
誰かに何かをプレゼントしたいと思うことは


あなたの自由です。

 
そして、そのプレゼントをいただいた方が


それをどうしようと、それはその方の自由だということです。

 
物だけではなく、何かを差し上げたいと思うときには


潔く手放してください。

 
上げたのに・・という気持ちは手放してください。

 
差し上げたものを使ってくれるかな?とか


使ってくれないからがっかりだ・・などと思うのは、期待です。

 
期待をするということは、そのプレゼントはまだ自分のものである


という所有の概念があるからです。

 
あなたが差し上げたいと思った・・それだけでいいのです。

 
あなたは差し上げることがしたかった・・


だから、差し上げたことで、あなたの願いはかなっているのです。

 
わかりますね?

 

だから、差し上げたあとのことまで心配?考える?期待する?


ことはないのです。

 
どう使われても、もうあなたには関係のないことなのです。

 
それを理解できると、提供しあう社会ということが


わかってくると思います。

 
提供しあう社会(個の時代)では、提供したことに何も起きません。

 
起きないというとわかりにくいかもしれませんが


お礼とか恩とかを感じる必要もないし


何かその人に返さなければいけないとも思わなくて良いのです。

 
あなた達の考え方では、何かをしていただいたら


その方にそれ相応のお返しをしなければいけないと思います。

 
だから、何かしていただくことにエネルギーを引いてしまうのです。

 
そして、してあげた方も期待をしてしまいます。

 
それは、対等の提供ではないのです。

 
お礼をしなければいけない、それにお返しをしなければいけない


と思うとしんどくなります。

 
受け取る側も簡単に受け取りにくくなります。

 
差し上げる側も、何か相手に負担をかけてしまうのではないかと思い

 
素直に差し上げることを躊躇してしまったりします。

 
私がお伝えしている個の時代での提供は、行ったきりです。

 
何かを差し上げるのは、自分がそうしたいからだけであって

 
出来たことに満足します。

 
自分が好きなことをしただけなのです・・と思います。

 
そして、していただいた側も、受け取ることに何も思いません。

 
もちろん、ありがとうとは思いますが


恩に着るなどと負担になるような考え方はしません。

 
そして、提供されたものを受け取り、それに対して


何か不満を言うこともナンセンスです。

 
あなたが自分の意志で受け取ったものですから、くれた人に対して

 
こんなものはいらなかったのに、どうしてこんなものをくれたんだ


・・などと文句を言うのはとても失礼なことである


ということなのです。

 
提供してくれたものを批判、批評、するのは失礼なことなのです。

 
必要ないと思えば、たとえ受け取っても使わなければいいだけです。

 

じょうもんや江戸の頃の人たちは、


提供しあうことがとても上手でした。

 
自分が出来ることを提供するのは


好きでやっていることだからそれでいい。

 
そして、受け取るほうも当りまえのように受け取ります。

 
なぜ当りまえだと思えるのかというと


自分も提供することが楽しいので、喜んで提供しているんだから


提供するのは当たりまえだと思っていますので、

 
人が楽しんで提供しているものを


受け取るのも当りまえになるからです。

 
その方からはいただいたけど、自分も他の人に提供している・・

 
回りまわって、それがまたその方に戻ってくる


・・という考え方ですね。

 
提供することが循環しているのです。

 
提供側と受け取る側だけで


エネルギーが行ったり来たりするのではなく、

 
エネルギーはぐるぐると循環しているので


提供することも受け取ることも当然のことと思えるのです。

 
提供する方も、受け取るほうも、自然なやり取りになるのです。

 
だから、とても気持ちのいい、風通しのいい


エネルギーの循環が起きます。

 
だから、すべての人に必要なエネルギーが回ってくるのです。

 
あなたが自分が良いと思うものを人に差し上げる


(プレゼントする)ことは、干渉にはなりません。


でも、そのあとの使い方まで期待する(指示する)と


干渉になってしまいます。

 
それは情報も同じです。

 
こんな情報があるよ・・私は面白い、必要だ、と思ったよ・・と

 
伝えることは干渉にはなりません。

 
反対に、その情報を必要としている方も


いらっしゃるかもしれませんので、

 
持っている情報はお伝えしてください。

 
ただ、聞くべきだという態度、エネルギー、になってしまうと


干渉(大きなおせっかい)になってしまいます。

 
あなたが思ったこと、感じたこと、をお伝えするのは


あなたの自由です。

 
そして、それに共感するかどうかは、


受け取った方の自由だということです。

 
あなた達は、全部を受け取らなければいけない


と思ってしまいます。

 
受け取らないことは失礼なことだと思ってしまいます。

 
だから、反対の立場になっても悩むのです。

 
自分が伝えたことをその人は受け取らなければいけないと思って

 
ムリをするのではないでしょうか?、

 
失礼なことをしているのではないでしょうか?

 
気分を害するのではないでしょうか?・・といろいろ気をもみます。

 
そんなことは必要ありません。

 
あなた提供したものでも、情報でも、受け取るかどうかは、

 
お相手の自由なのです。

 
そして、提供されたものを受け取るかどうか、受け取っても

 
そのあとどうするかはあなたの自由なのです。

 
これを理解していただければ、ナンセンスなやり取りはなくなり
 

提供しあうことが楽になります。

 
差し上げるかどうかも、受け取るかどうかも


お互いの自由だということです。

 
プレゼントしたその先まで、


あなたが見届ける必要はありません。

 
そして、プレゼントされたものを、その人に義理立てして


どうしたらいいかを悩む必要もないのです。

 
お返ししなければいけないと思う必要もないのです。


プレゼントされたものは、もうあなたのものだということです。

 

あなたに愛をこめてお伝えいたします」

 




ありがとう、アシュタール! 

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