世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:鏡の中に見える自分は真実の自分ではありません」

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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:鏡の中に見える自分は真実の自分ではありません」

ミナミAアシュタールRadio320

「超3次元アシュタール人生相談のコーナー(笑)」

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ミナミさん:鏡って面白いよね!

 
鏡って面白いよねぇ~^^
 
服が欲しいなって思って入った洋服屋さんの鏡に
 
映る私の姿・・あれ?なんかいいんじゃない?って
 
いう幻想をいただかせてくれるんですよねぇ~(笑)
 
鏡に細工してあるのは知ってます・・けど・・
 
やっぱり何か嬉しいし、服も似合ってる気がする!
 
欲しい、これ!って思っちゃう^^
 
 
やり方がずるいぞ、洋服屋さん!と思いつつ
 
その手にしっかりと乗って買ってしまう私(爆)
 
 
で、家の鏡で見てみると・・テンション⤵⤵⤵・・
 
違うじゃん!分かってたけど、違うじゃん!
 
これが私の真実の姿?
 
いや、もしかしたらこの鏡が変で、洋服やさんの鏡の
 
方が本当の私の姿かもぉ~・・んな、訳ないじゃん!
 
・・っていう独り言ブツブツ!
 
・・っていうか、本当の私の姿ってどんなんだろう?って
 
思ってたら、アシュタールからメッセージが来ましたので
 
お伝えしますね^^
 

「鏡の中に見える自分は真実の自分ではありません」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。
 
自分の姿を見ることはできません。
 
鏡に映る姿は、あなたの本当の姿ではないのです。
 
そして、あなたは自分の姿を見る必要はないのです。
 
 
鏡に自分の姿を映してみるという行為は、人の目で
 
自分を見てみたいという事です。
 
自分が人にどう見られているのかを知りたいと思う
 
気持ちなのです。
 
 
その気持ちが良いとか悪いとか言っているのでは
 
ありません。
 
ただ、必要はないとお伝えしたいと思います。
 
 
鏡を見ることで自分を客観的に見ることはできるかも
 
しれません。
 
しかし、客観的に見るということは、自分を良い悪いで
 
判断するもとにもなるのです。
 
 
難しいですか?
 
人と比べることになります。
 
人が自分をどう思っているかという心配も起きてきます。
 
いつも自分は他人からどう見られているのかと
 
気になってしまいます。
 
 
私はいつも俯瞰してくださいと言います。
 
これは客観的に見てくださいと言っているのでは
 
ありません。
 
 
客観的というのは人の目で見るという事です。
 
俯瞰するというのは冷静になるという事です。
 
俯瞰は、冷静に自分の中を観て、感情に
 
巻き込まれないという事なのです。
 
これは似ているようで大きく違うのです。
 
 
客観的に自分を他人の目で見るということは
 
自分を世間の基準でジャッジするということになります。
 
そうなると俯瞰と反対に巻き込まれてしまうことも
 
出て来るのです。
 
誰かと比較して、こんな私はダメだ、あの人よりもいい
 
などと思って一喜一憂するのです。
 
それは感情に巻き込まれてしまいます。
 
 
鏡がなければ、自分の姿はわかりません。
 
人の姿は見えますが、自分の姿は分からないのです。
 
だから、人と比べることもなくなります。
 
人の目を気にすることもなくなるのです。
 
 
それは姿形だけではなく、考え方もそうなります。
 
人の目を気にして、人にいい評価をもらうことばかりを
 
考えるのではなく、自分がどうしたいかをまず考える
 
ことができるようになります。
 
 
外側の自分ではなく(人の評価を気にするのではなく)
 
自分の中から出て来る思考に素直になる事が
 
できるのです。
 
 
外側から見る自分で自分を評価するのではなく
 
自分の中から出て来る思考にフォーカスすることが
 
できるからです。
 
 
あなた達の社会では、人は自分の鏡という表現がありますが、
 
これは少し違うことになります。
 
人は自分の鏡という表現は、周りの環境を見てみれば
 
自分がどういう思考をしているかが分かりますという
 
意味で最初は使われていたのです。
 
良い悪いの評価ではなく、いまの自分の環境は自分で
 
創っているのだから、環境を見ればいま自分がどのような
 
思考をしているかが分かります・・という意味です。
 
 
鏡を見て自分の行いを正しましょう・・という事では
 
ないのです。
 
そのような考え方になると、鏡ばかりが気になって
 
どう映っているかばかりが気になって、自分の中を
 
しっかりと観ることができなくなってしまいます。
 
 
鏡の中に見える自分は真実の自分ではありません。
 
鏡によって見え方が違ってくるからです。
 
鏡に映る自分の姿は参考まででいいのです。
 
本当は鏡などいらないのです。
 
 
何もなければ、自分の中にフォーカス出来ます。
 
人と比べて喜んだり落ち込んだりすることもなくなります。
 
人の作った基準で自分を評価しなくてもよくなります。
 
 
鏡が無くなれば自由になれるのです。
 
表面ではなく、自分の中、自分の核で思考することが
 
出来るようになるからです。
 
鏡に映る自分を見て、自分を好きだとか、嫌いだとか
 
ジャッジしなくてもすむのです。
 
自分を中心にすることができるのです。
 
だから自由になれるのです。
 
 
外から自分を見てジャッジするのではなく
 
自分の中から出て来るものを大切にしてください。
 
そして、自分の思考を冷静に俯瞰していければ
 
感情などに巻き込まれることなく自由に過ごすことが
 
出来るようになります。
 
 
あなたに愛をこめてお伝えいたします。」
 
 

ありがとう、アシュタール! 感謝します。

マイコメント

鏡に映る自分の顔を見て、いつも思うのは少し老けたかなと思うくらいでそれ以上の
ことは考えてませんでしたが、アシュタールの語るような見方もあるのですね。

女性なんかであれば、鏡に映る自分の顔や容姿を見て、他人より美しいとかスタイルが
良いとか、あるいはその逆のことを考えたりするだろうと思います。

女性の心理として常に自分は一番でありたいというのがあるようです。
だから、そういう気持ちが鏡によって刺激されるのでしょう。

でも、女性から鏡を取り上げることは無理でしょうね。
鏡がないとなったらそりゃパニックに陥るでしょう。
今の自分の姿が見れないのですから・・・。

鏡は使いようかもしれません。
自分自身を見る鏡として、顔色が良いか悪いかの判断や気持ちが滅入ってないか
あるいは元気そうなのかという点で見るならば役に立つかもしれませんね。

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