破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:次のために自分で起こしている」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:次のために自分で起こしている」

今日の破・常識!

必要の無いことは起きません。

起きませんというより、起こしません。

いま体験している事は次のために

自分で起こしていることです。

byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

「次のために自分で起こしている」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。

必要なことが起きているのです。

どうしてこんなことが起きるの?

私はそんな事は一切望んでいないのに・・・

と思うこともあると思います。

でも、あなたの現実に

必要の無いことは起きないのです。

必ずあなたが合意しているから起きているのです。

酷いと思うことでも、次に行くために

あなた自身が起こしていることもあるのです。

思考は現実化する・・というのは

表面的に良いことばかりではありません。

何かしたいと思うとそれを現実化するために

自分でいろいろな設定を行います。

目的地に行くためにどういうルートを通ろうかと

あなたのナビ(ハート)が方法を

いろいろ検索するのです。

その時にどうしても通らなければいけない

と思う道も出て来るのです。

例えば、会社を辞めたいと

ずっと思っているとします。

本当に辞めたいと思っていても

どうしても決心がつかず

ズルズルとその現実を創ってしまっている。

何とかしたいと思いながら

動くことができずにいる。

そういう時に、自分でとても辛い現実を

創造することがあるのです。

自分で自分を追い込み、どうしても会社を辞めたい

後々の事を考える余裕もなく

とにかく辞めたいと思うようにするのです。

辞めるという覚悟ができるような現実を

創造するのです。

一時は本当に酷い現実だと思うかもしれませんが

後にそのことがあったから会社を辞めることができ

したいことができる現実を創造できたと

思える日が来るのです。

あのまま覚悟することなくズルズルと暮らしていたら

それができなかったと分かる日が来ます。

そのように自分を追い詰める現実を

創造することもあります。

とことんまで行かなければ

動くことができないと思うと

自分でそのとことんまでの現実を創り出すのです。

これは良い悪いではありません。

その人の個性なのです。

そこまでしなくても方向転換することが

できる人もいますし

そこまでするほうが動きやすい

と思う人もいるのです。

いまあなたに起きている事は

あなたが自分で創り出した現実なのです。

酷いと思う現実も、すごくご機嫌だと思う現実も

すべてあなたが自分で創り出しているのです。

だから、あなたの現実を

人のせいにしないでください。

あの人が酷いことをしたから

あの人が助けてくれなかったからなどと

あなたに起きていることを人のせいにしてしまうと

あなたの現実を自分で

決めることができなくなります。

人に依存することになってしまいます。

転んだのはあの人のせいだ

だからあの人が何とかしてくれるまで

このままでいるしかないと思ってしまうと

自分で起き上がることができなくなります。

転んだのは仕方がない

何か転ぶ必要があったのでしょう

だから、転んだ原因をしっかりと見てみましょう

と思えると自分で立ち上がることができます。

自分で立ち上がり

もう転ばないように気を付けるので

転ばない現実を創造することができます。

転んだことに感謝することもできるのです。

あの時転んだことでいろいろな情報

を得ることができた

それを使ったからいまの現実を

創造することができたと思えれば

すべての体験がすばらしいものだと思えます。

その体験をしている自分を

愛おしく思うことができます。

必要の無いことは起きません。

起きませんというより、起こしません。

いま体験している事は次のために

自分で起こしていることです。

そのことを理解してください。

それが理解できれば

あなたは自分がどれほどの力があるか

を思い出すことができます。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」

 

ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

このことはアシュタールが語っている通りです。

私もそれを経験し今があるわけですが、あの時の私と今は格段に違います。

そして、あのときのそれがなかったら現実化していなかったでしょう。

良くも悪くも今振り返るとその現実は誰かが創っているのではなく

自分がそのような環境を創ることで決断を下さなければならない状況に

追い込んでいるということです。

それが起きたときには人を責めたり自分のふがいなさを責めたりすると

思いますが、まぎれもなく自分が起こしていることです。

だから、今、どうしてと思うならば数年たって振り返ってみたときに

初めて、それが必要なことだったとわかります。

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