高市首相の楽観論は危険? 中東依存9割の日本を襲う「魔法の液体」ナフサ枯渇の恐怖とは
ほとんどの化学製品がナフサ由来であり、枯渇すると危機的状況を招く
万能素材「ナフサ」の正体
イスラエルやイランなどを巡る中東情勢の緊迫化が止まらない。原油価格の高騰や供給不安は避けられず、ニュースでは連日「ガソリン代や物価へのさらなる打撃」が懸念されている。そもそも、なぜ、あのドロドロの黒い液体がこれほどまでに姿を変え、広範囲に使われているのか?
「それはナフサから、すべての化学産業が始まっているからです」
と言うのは、早稲田大学先進理工学部の松方正彦教授。
原油は石油精製工場に運ばれると、まず蒸留塔で加熱される。原油には、沸騰する温度(沸点)が異なるさまざまな成分が含まれていて、沸点の違いによって、LPGガスやナフサ、軽油留分(軽油のおもな原料となるもの)などに分けられていく。
沸点に達すると気体に変化し、沸点がいちばん低いのはLPGガスで、次が30~140度の範囲で沸点に達する軽質ナフサ、40~230度で沸点に達する重質ナフサ、170~250度で沸点に達する灯油留分、240~350度で沸点に達する軽油留分、350度以上で沸点に達する重油留分、残油と続く。
重質ナフサは良質のガソリンを作るのに使われ、化学製品に使われるのは、軽質ナフサだという。
「ナフサには何百種類もの分子が混ざっています。それを熱分解するとエチレン、プロピレンなどの化学原料になります。これが基礎化学品。ここからすべての化学品が作り出されています。
ナフサが広範に使われているのは、ナフサからすべての化学産業が始まっているから。産業革命を起こしたのは石炭と鉄鋼ですが、第二次大戦以降の文明を作ってきたのは石油です。ナフサは現代文明を作っている、もっとも重要な物質です」(松方教授・以下同)
石油に代わる3つの新資源
考えてみれば、プラスチック製品がこれほど氾濫するようになったのは、それほど昔ではない。それまでは飲料水はガラス瓶入りだったし、レジ袋などなかったのだ。
「化学製品が大量に作られるようになったのは、石炭から石油の時代になってから。1960年代以降です。安くて、高機能のものが作れることからナフサが利用されるようになりました」
それにしても、こんなに石油に頼り切っていていいのか。ナフサに代替するものはないのだろうか。
「石油を使わないで化学製品を作る方法は、世界中どこを探しても3種類しかありません。一つはバイオマス。動植物など有機物を原料とするものです。もう一つは廃棄物を有効に資源として活用すること。3つ目はCO2を回収して化学原料として使うというものです。
石油を使わなくてすむように、この3つから化学製品を作れるようにすることは、とても大事だし、それぞれ研究されていますが、それでも石油を使わなくてすむようになるのは、’50年代以降になるでしょう」
松方教授も廃プラスチックをリサイクルして化学品を作る研究をしている。実用化の目途は?
「僕らが研究しているのは、プラスチック全体の7割を占めるポリプロピレンやポリエチレンのリサイクルです。日本の廃プラスチック総排出量は’24年のデータでは推計911万トン。
そのうち7割がポリプロピレンやポリエチレンですから、630万トン。使用済みのポリプロピレンやポリエチレンのリサイクルはまだ研究開発段階なので、年間10万トン足らずでしょう。まだまだヨチヨチ歩きの段階です」
バイオやCO2を利用したエネルギーも、まだまだ研究段階。実用化には時間がかかるという。
中東依存9割の日本に迫る危機
ビニール袋やペットボトル、化粧品や医療器具、服や洗剤などのほか半導体にも使われているナフサ。ナフサは原油の10%程度しかとれない。輸入している原油だけでは足りないので、不足分はナフサだけを輸入している。
このままホルムズ海峡が閉鎖され、石油が日本に入ってこなくなったら、どうなるのだろう。
「たいへんなことになります。まず輸送が止まる。ヨーロッパでは、すでに航空機の減便が始まっていますが、日本もそうなる可能性があります。東南アジアではガソリン不足で深刻な事態に陥っている。
高市首相は、日本は大丈夫だと言っていますが、東南アジアで作られている部品が入ってこなければ、日本の産業もストップする。
燃料不足で物流が止まり、食料や肥料などの輸入品が入ってこなくなる恐れもあるうえに、食品を包むパッケージや農業用資材の原料であるナフサも枯渇します。ナフサが入ってこなければ、ありとあらゆるものが作れなくなるのです」
どうすればいいのか。
「今は政府に任せるしかありません。けれど、今回の中東危機が収まったとしても、また起きるかもしれない。今回のようなことを避けるためには原油の調達先を多様化することです」
現在、原油輸入の90%以上を中東に頼っている日本。
「1973年のオイルショックのとき、マレーシアやインドネシア、ブラジルなど調達する国を広げたんです。でも、結局中東の石油が使いやすいということで、とうとう90%以上を中東に頼るようになってしまったんです」
原油の構成は産地によって異なる。
「中東の原油には170~250度で沸騰する灯油留分が多いため、灯油を多く使う日本にとって使い勝手がいいのです」
松方教授によると、ベネズエラ産の原油は重油留分が多く、コールタールのようにドロドロで、日本で使うとなると精製設備などに多額の費用がかかるという。
また、石油なしでやっていける社会になったとしても、石油を原料としたように安くは作れないので、物の値段は今より上がると予想されるとか。
「バイオマスなどによるエネルギーは、一定のコスト上昇を伴う可能性があります。その負担を単に物価上昇として受容することではなくて、社会全体で公平に分担し、化石資源に頼らない新たな社会システムを構築する必要があると思います」
今の中東危機が去っても、まだまだ課題は残りそうだ。
▼松方正彦 早稲田大学先進理工学部応用化学科教授。エネルギー・環境問題の解決に資する新規な化学反応を実現するための触媒の開発、化学プロセスを圧倒的に省エネするための膜分離技術の開発に挑戦している。



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