憲法審査会に参加した市民が語った切実な不安「戦争が近づいている気がする」
都心の日中の気温が30度近くまで上がった5月20日、国会議事堂前の歩道に設置された4台の大型モニターの前には、約300人の市民が集まっていた。人々が食い入るように見つめていたのは、この日開かれていた「参議院憲法審査会」の中継映像だった。
奥田芙美代参議院議員(48・れいわ新選組)が、市民に一般傍聴を呼びかけたことがきっかけで、この日の傍聴希望者は400人を超えたという。
抽選で傍聴席に入れたのは、交代制で約150人。抽選に漏れた人々は、れいわ新選組が用意したモニターの前で審査会を見守っていた。
「どんどん戦争が近づいてきている気がします。戦争は絶対にいやなので、それを止めたくて憲法審査会の傍聴に来たんです」(40代・神奈川県在住の女性)
「憲法を、一言一句変えてはいけないなんて思っていません。でも、正直、いまの政権は自分たちの都合のいいように変えようとしていると思う。だから、ちゃんと聞いておこうと思って」(50代・東京都在住の男性)
記者がモニター前に集まった人たちに話を聞くと、そんな答えが返ってきた。
■傍聴者たちは“合区解消”より“緊急事態条項”を懸念
この日の憲法審査会のテーマは、参議院議員選挙における「合区解消」だった。
「合区解消」とは、人口減少による「一票の格差」を是正するため、複数県を一つの選挙区に統合した制度を見直す議論のこと。地方選出議員を中心に、「地域の声が届かなくなる」として解消を求める声が上がっている。
しかし、モニター前の傍聴者たちが口にしていたのは、合区解消より、むしろ「緊急事態条項」への不安だった。
緊急事態条項とは、東日本大震災のような大規模災害や、テロや戦争などの有事の際、政府の権限を一時的に強化するための改憲案を指す。
自民党と日本維新の会は、2025年に交わした合意文書で、「2026年度中に緊急事態条項の条文案を国会提出することを目指す」としており、議論の取りまとめを急いでいるのだ。
「緊急事態条項については、衆議院の憲法審査会で、いままさに議論が進んでいます。大規模災害などで国政選挙の実施が困難になった場合に備え、改憲派の議員からは『議員の任期延長を認めるべきだ』といった声が上がっています。
一方、現行憲法には、衆議院解散中などに参議院が暫定的に国会機能を担う『緊急集会』という制度があり、改憲に慎重な議員たちからは、『この制度で対応可能だ』とする意見も出ています」(全国紙政治部記者)
いったい、憲法審査会ではどのような議論が進んでいるのか――。この日、記者も途中から参議院憲法審査会を傍聴することにした。
■「議論を進める必要がある」「現行憲法で対応可能」与野党で議論
わずか30席ほどしかない傍聴席は常に満席状態。数十分ごとに傍聴者が入れ替わりながら、人々は時折うなずきつつ、議員たちの発言に熱心に耳を傾けていた。女性の姿がやや目立ち、年代も20代から70代と見られる人まで幅広い。
この日、主要議題となった「合区解消」をめぐっては、各党の主張が激しくぶつかり合った。
自民党の中西祐介議員(46)は、「合区は投票率の低下を招いている」と指摘したうえで、「憲法を変えてでも、都道府県ごとの代表を守るべきだ」と主張。合区解消を憲法改正によって実現すべきだと訴えた。
さらに、「災害などの緊急時に参議院がどう機能するのかという問題も含め、緊急集会や緊急事態条項について、参議院として責任を持って議論を進める必要がある」と述べ、緊急事態条項の議論を進める必要性を強調した。
自民党側は「合区解消」だけでなく、その先にある“緊急時の国家運営”まで視野に入れているようだ。
「実際、いま国会で改憲論議の中心になっているのは、9条よりも、むしろ緊急事態条項です。改憲派は、災害や戦争など、 “非常時への備え”が必要だと強く訴えています」(前出・全国紙記者)
だが、改憲に慎重な側は、「その“非常時”を、誰が、どこまで判断するのか」と強く警戒している。ひとたび「緊急事態」が宣言されれば、議員任期の延長や権限集中が進みかねないからだ。
立憲民主党の吉田忠智議員(70)も、この日、「現行憲法には“参議院の緊急集会”という制度があり、十分対応可能だ」と反論。戦前、国家権力が暴走した反省から、現行憲法には緊急事態条項が盛り込まれなかった経緯を軽視して、「拙速に改憲を進めることがあってはならない」と釘を刺した。
また、れいわ新選組の奥田議員は、「いま議論されている緊急事態条項は、戦前と極めてよく似ている」と強い危機感を示したうえで、戦時下の1941年に議員任期の延長が行われ、同年には治安維持法も強化された歴史に言及。「政府や戦争に反対する言論は弾圧され、“戦争反対”と口にすることすら許されなくなった」と指摘した。
さらに、自身の祖母から聞いたという戦時中の体験を紹介。
「『戦争反対って言う人は、どんどん捕まって殴り殺しにされたんよ。そうやって黙らされて、気づいた時にはもう遅かったんよ』――。祖母のその言葉を、私は今でも忘れられません」
奥田議員は「国民が諦めて黙れば、政治は暴走する」と述べ、「最後に改憲を止められるのは主権者一人ひとりだ」と、国民による監視の必要性を訴えた。
参議院憲法審査会が終了すると、奥田議員は国会前へ姿を見せ、モニター越しに審査会を見守っていた人たちに向けて、こう語りかけた。
「憲法とは、本来、権力者を縛るためのものです。いま、日本は“戦争ができる国”へ向かおうとしている。だからこそ、それを止められるのは主権者一人ひとりなんです」
5月とは思えない強い日差しが照りつける国会前。集まった人々は、しっかりと耳を傾けていた。
奥田議員は今回の傍聴呼びかけの経緯について、「国会には、主権者があまりにも不在だった」と、こう振り返る。
「どの委員会も傍聴席が少なくて、しかもガラガラ。委員も緊張感がない。だから、一人でも多くの人に来てもらいたかったんです」
今回の呼びかけには400人以上が応募したが、「これから、さらに増やしていきたい」と奥田議員。
■国民の多くは「わからない」と「必要ない」
現在、改憲議論を牽引しているのは、参議院より、むしろ衆議院だという。記者が参議院憲法審査会を傍聴した翌日の5月21日には、衆議院憲法審査会でも、自民党や日本維新の会などを中心に、「緊急事態条項」を巡る、さらに踏み込んだ議論が進められていた。
自民党の新藤義孝議員(68)は、「緊急事態条項は、内閣の権限をむやみに強化するためのものではない」と強調。ロシア侵攻下のウクライナでは、大統領選挙や議会選挙が延期され、議員任期が延長されていると事例を紹介し、「主権国家として、あらゆる事態に備える必要がある」と主張した。
これに対し、立憲民主党の西村智奈美議員(59)は、「権力の暴走への懸念は、決して非現実的なものではない」と反論。ナチス・ドイツを引き合いに、「歴史的にも、緊急事態を理由に権力が拡大されてきた」と警鐘を鳴らした。
毎日新聞が5月23〜24日に実施した全国世論調査では、緊急事態条項について「わからない」との回答が最多(38%)で、2番目に多かった「緊急事態条項を設ける憲法改正は必要ない」(29%)を約10%も上回っている。両者をあわせると、およそ70%。国民の理解は、進んでいないことが明らかに。
高市早苗首相が「国論を二分する議論」と語るように、憲法改正をめぐる議論は、国の形そのものを左右する。国会議員は、主権者が納得するまで、ていねいに議論を重ねる必要があるだろう。



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