「全国で医療機関の倒産ラッシュが起きつつあります。このまま何の手立ても講じられなければ、救急の受け入れ制限や手術の先送りなど、さらなる影響が起こるはずです」

こう警鐘を鳴らすのは、全国の開業医や勤務医が加盟する「全国保険医団体連合会」(以下、保団連)事務局の岩下洋さんだ。危機感のあらわれは、東京商工リサーチが7月26日、2025年上半期の「病院・クリニック」の倒産件数が21件(前年同期比16.6%増)と5年連続で前年を上回ったという報道を受けてのことだ。うち8件は病床20床以上の病院で、前年同期の2.6倍に急増したという。

医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんが解説する。

「日本の医療費は、厚労省が全国一律になるように設定しています。2年に1度、診療報酬が見直されるのですが、2024年は+0.88%と、ほとんど上がりませんでした。一方、医療機器や医薬品は輸入品が多く、円安の影響を受けやすい。

また物価上昇によって人件費や入院患者の食材費、光熱費なども跳ね上がっています。診療報酬=病院の収入が増えないのに、コストばかりが増えているのだから、病院経営状況は悪化の一途をたどっていくだけです」

そもそも日本の診療報酬は低すぎると嘆くのは、ベテラン産婦人科医。

「帝王切開手術は20万円ほどしかありません。執刀医、麻酔科医、看護師らが関わるのだから、黒字になるわけがありません」

ギリギリの経営状況で、コスト高が大きな足枷となるのだ。保団連が今年2月、入院施設のある医療機関674件から回答を得た調査によると、その9割が「光熱費・材料費が補填できない」(95.4%)、「人件費が補?できない」(92.9%)と、窮状を訴えている。

■裏紙をメモ用紙に……医療現場から悲鳴が

282床を有し、救急患者も受け入れる健生病院(弘前市)元事務局長の泉谷雅人さんが明かす。

「当院はコロナ禍前まで、病床利用率が約90%で黒字でしたが、2020~2023年はコロナ禍で患者の受け入れ制限を余儀なくされて赤字に転落しました。ところが2024年には、病床利用率が95%にまで回復して、コロナ禍前よりも約5億円増収したものの、円安や物価高の影響で医療材料が値上がり、赤字のままです」

追い打ちをかけているのが、マイナ保険証への切り替えや、電子カルテ導入など、政府が進める“医療DX”。一度導入したら終わりではなく、定期的な更新が必要で、出費はエンドレスだ。

「当院も2024年に約5億円を借り入れ、電子カルテを更新。返済が重くのしかかっています」(泉谷さん)

影響は都心の病院にも広がっている。昨年9月末、24時間体制で地域の2次救急を担ってきた吉祥寺南病院が、建築資材の高騰により、老朽化した病棟の建て替えが困難になったことで、診療を休止。運営を引き継ぐ法人があらわれたものの、医療が再開されるまでには2~3年かかる見通しだ。

事故による負傷や、脳卒中や心筋梗塞などの場合、一秒でも早い搬送が命を救うことがある。救急医療を担う病院の廃業や休業は患者の死に直結しかねない。赤字経営を強いられているため、各病院は厳しい倹約に努めている。

年間200回飛行機に乗って全国各地の僻地の病院で医療にあたる、著書に『空飛ぶドクター ママさんフリーランス医師の僻地医療奮闘記』(かざひの文庫)もある、総合臨床医の渡辺由紀子さんが語る。

「どこの病院でも共通しているのは、経費削減。メモ用紙は裏紙を使うのは当たり前。医局で使うパソコンはすごく古く、ソフトも3つほど前のバージョンを使っているから、少し重たいデータを扱うときは止まってしまいます。光熱費も高いので、蛍光灯が10本あったら、ついているのは6本くらいだし、空調もスタッフが使う部屋は温度設定が高いです」

当然、職員の賃金を上げることも難しい。

「多忙を極めながらも待遇改善が進まないので、一般企業など医療以外の業種へ転職する看護師も増えています」(前出・岩下さん)

実際に2022年度の厚労省の調査では、看護師の離職率は過去最多の約12%に達している。医療現場の窮状で、最終的に不利益を被るのは患者だ。

「ある病院に勤務していたとき、前日まで稼働していた病院がいきなり閉鎖したんです。閉鎖される場合は担当医が紹介状を作るのですが、その時間もないほど急で、近隣病院に患者が押し寄せ、平常化するまでに3カ月かかりました。また、ある病院の職員が朝9時過ぎに循環器疾患の不調を訴えたのに、治療できる病院に搬送できたのが14時で、残念ながら亡くなりました。医師から『これが地域医療の現実だ』という声もあって悔しくて……」(前出・渡辺さん)

「近隣にお産する病院がないため、臨月近くになって妊婦が病院近くのホテルに泊まり込むケースも聞きます」(前出・産婦人科医)

■がん手術は2カ月待ち。救急医療も縮小へ

福島県在住の主婦(50代)は、こんな体験を明かしてくれた。

「今年4月、80代の母に乳がんが発覚。ところが、近所の病院からは『手術できる医師が1人しかいないので、緊急性の高い若い方から優先しています』と言われ、手術まで2カ月待ちを告げられました」

2023年に東京都内一等地に「インターパーク倉持内科日本橋」を開業したばかりの倉持仁院長が、都心部ならではの窮状を訴える。

医療機器は日々進歩しており、医療の質を上げるためには、最新機器の導入が必須です。しかも都心は物価が高騰しており、建設費も駐車場代も、あっという間に2倍に跳ね上がっています。株式会社なら必要経費を顧客に転嫁できますが、医療機関では不可能ですし、都内も地方と同じ診療報酬。

本来なら急激な物価高に対応するため、国が調整をすべきなのですが……。社会保障費を削減するために、医療機関が潰れるのを待っているとしか思えません」

前出の上さんが、近い将来を予想する。

「まずは不採算部門の小児科が切り捨てられていくでしょう。内科の診療単価は1人あたり1万円ほどです。しかし子供の場合は手間がかかるのに、1人あたり4000~5000円ほどで、採算が取れません。9年で出生数が3割減の産科も危ない。また、どんなに工夫しても赤字になる救急も縮小され、救急車が行き場を失う事態は、現実的に起こりつつあります」

あなたの街からも、病院が次々に消えていく。