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米国で国内のファシズム化と国外での侵略戦争が本格化した2001年9月11日

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米国で国内のファシズム化と国外での侵略戦争が本格化した2001年9月11日

911事件がすべての始まりだった!

 ジョージ・W・ブッシュ政権がスタートした2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センター(WTC)とバージニア州アーリントンにある国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された。航空機が激突したセンターのサウス・タワーとノース・タワーだけでなくWTCの7号館も爆薬を使った解体のように建物は崩壊、ペンタゴンでは建物を大きく回り込み、反対側から突入したとされるが、防空ミサイルは発射されず、旅客機の残骸は見当たらなかった。最後は超低空で飛行したはずだが、街灯がなぎ倒されるようなこともなかった。








 

 この時、4機の旅客機がハイジャックされたことになっている。ボストンのローガン空港を飛び立ったAA(アメリカン航空)11便とUA(ユナイテッド航空)175便がWTCの2タワーに激突、ワシントン近郊のダレス国際空港を飛び立ったAA77便がペンタゴンへ突入し、ニューヨークのニューアーク空港を離陸したUA93便はピッツバーグとワシントンとの中間で墜落したとされている。

 

 AA11がルートを外れたのは8時20分、ノース・タワーへ突入したのは8時46分。UA175は8時42分にルートを外れ、サウス・タワーに激突したのは9時3分。FAA(連邦航空局)はハイジャックされたと思われる航空機を26分間と21分間、それぞれ見守っていたことになり、この間にNORAD(北米航空宇宙防衛軍)も反応していない。NMCC(国家軍事指令センター)が機能しなかったとも言える。ノース・タワーは10時28分、サウス・タワーはその前、9時59分に倒壊している。

 

 南北タワーの崩壊で3000名近い人が死亡したとされているが、難を逃れた人もいる。例えば、オディゴというイスラエルのインスタント・メッセンジャー・サービスの会社では社員2名が攻撃の2時間前に警告のメッセージを受け取っていた。これはイスラエルのハーレツ紙は伝えている。(Haaretz, September 26, 2001)またツイン・タワーにオフィスを持っていたイスラエルのジム・アメリカン・イスラエリ海運(後にジム統合海運)は攻撃の7日前、引っ越している。



 

 NMCCの最高責任者は統合参謀本部議長で、当時はヘンリー・シェルトン大将。問題の時刻にシェルトンはヨーロッパへ向かう途中で、大西洋上にいた。そこでリチャード・マイヤーズ副議長が指揮しなければならなかったのだが、この人物もペンタゴンにはいなかった。

 

 防空システムが機能しなかった理由のひとつは、2001年6月頃に国防総省で出された命令にあるとも言われている。いかなる迎撃も国防長官(ドナルド・ラムズフェルド)の許可が必要だというのだ。9月11日にリチャード・チェイニー副大統領がNORADに対して迎撃を許可したのは10時31分のことだった。(Peter Dale Scott, “The Road To 9/11”, University of California Press, 2007)

 

 当日やその直前、複数の軍事演習が行われていたことも防空システムを麻痺させる一因になっていた。例えば9月9日から11日にかけて実施されたNORADの「ノーザン・ビジランス(北の警戒)作戦」。そのため相当数の戦闘機がソ連軍の攻撃を想定してアラスカやカナダ北部へ派遣されていた。NORADは9月10日から14日にかけてロシア空軍が予定していた軍事演習を監視するため、戦闘機をアラスカやカナダ北部へ派遣していたともいう。

 

 5月31日から6月4日に実施されたNORADの「アマルガム・バーゴ01」は巡航ミサイルでアメリカの東海岸が攻撃されるという設定になっていて、演習のシナリオの書かれた文書の表紙にはオサマ・ビン・ラディンの顔写真が印刷されていた。

 

 6月22日から23日にかけてはアンドリュース空軍基地で天然痘を生物兵器とする攻撃をアメリカが受けたと想定する軍事演習が実施された。「ダーク・ウィンター」だ。演習の主体はジョンズ・ホプキンス市民生物防衛戦略センター、CSIS(戦略国際問題研究所)、ANSER(国土安全保障分析研究所)、MIPT(国立テロリズム防止オクラホマシティ記念研究所)だ。COVID-19騒動が引き起こされた後にも「ダーク・ウィンター」という用語が使われている。(Tara O’Toole, Michael Mair, & Thomas V. Inglesby, “Shining Light on “Dark Winter”,” Center for Civilian Biodefense Strategies, Johns Hopkins University, Baltimore, Maryland, 19 February 2002)

 

 南北タワーの崩壊は不自然なものだったが、それ以上に奇妙なのは航空機が激突したわけでないWTC7号館だ。そのビルで働いていたニューヨーク市住宅局のバリー・ジェニングスと弁護士のマイケル・ヘスは最初の激突直後に階段で降り始めるのだが、8階へたどり着いたときに大きな爆発があった。そのとき南北タワーは崩壊していない。ただ、公式発表では爆発が否定され、ヘスは爆発があったとする当初の証言を取り消した。ジェニングスは2008年8月に直線道路を走行中に自損事故を起こして死亡した。

 

 10時45分になるとCNNがWTCで「50階建てビル」が崩壊すると伝えたが、該当するビルは7号館しかない。16時54分になると、肩越しにWTC7が見える状態でBBCのジェーン・スタンドレーはWTC7が崩壊したとレポートしているのだが、実際に崩壊したのは17時20分だった。

 

 このビルで最大のテナントだったのは金融機関のソロモン・ブラザースで、47階のうち37階を占めていた。それ以外には公的機関のOEM、シークレット・サービス、CIA、SEC、国防総省、IRS、FEMAが入っていた。その結果、多くの重要な資料が失われることになる。SECが保管していた資料の中にはシティ・グループとワールドコム倒産の関係を示すもの、「ジョージ・W・ブッシュの財布」とも言われたエンロンの倒産に関するものも含まれていた。(George W. Grundy, “Death of a Nation,” Skyhorse, 2017)

 

 ペンタゴンへ向かう飛行物体をダレス空港の管制官は速度などから軍用機だと判断、ペンタゴンの近くに住む人は戦闘機の爆音に似ていたと証言、スペース・ニューズの編集者であるロン・レインズは巡航ミサイルだと言い切り、自動車で近くを通りかかって目撃した人も巡航ミサイルのようだったと証言している。(David Ray Griffin, “The New Pearl Harbor”, Olive Branch Press, 2004)

 

 WTCのビル倒壊の原因は明確でない。ビルの鉄骨が溶解するには摂氏1500度まで上昇する必要があるのだが、WTCのケースでは900度前後にしかならず、火災が崩壊の原因だとは考えられない。ビルの構造と航空機の強度を考慮すると、航空機によって力学的に破壊されたという説明にも説得力はない。7号館の崩壊はさらに謎だ。(前掲書)

 

 攻撃の前日、ラムズフェルド国防長官は2兆3000億ドルが行方不明になっているという試算があると発表しているが、これに関する調査は行われなかった。

 

 航空機の激突でWTCが爆発、倒壊したとする話に疑問を持つ人の一部は1993年2月26日の爆弾テロに注目している。ノース・タワーの地下2階にあった駐車場に止めてあったトラックに積まれていた爆薬(硝酸尿素)が爆発、コンクリートを破壊して4階層に渡って幅30mの穴を空けているのだ。この大爆発でもタワーはびくともしなかった。





 その後、タワーの警備が強化されるが、そこに治安コンサルタント会社のクロル・アソシエイツが関係する。この会社はCIAやイスラエルの情報機関モサドと緊密な関係にあり、ウォール街のCIAとも呼ばれてきた。

 

 クロルは治安システムを改善するとして新しいシステムを設計、建設のために4社を雇っているが、いずれもサウジアラビアと関係が深い会社。また1994年から2000年にかけて、ACEエレベーターがWTCのエレベーター・システムを改良している。(George W. Grundy, “Death of a Nation,” Skyhorse, 2017)

 

 WTCの治安を担当したストラテセク社は1996年から2000年にかけて新しいビルの治安システムを導入するための工事が実施された。1993年から2000年にかけてマービン・ブッシュがこの会社の重役を務めている。この人物はジョージ・W・ブッシュの弟だ。

 

 WTCで実施されたエレベーターや治安システムの工事は大規模なもので、数年にわたって建設作業が続いた。そうした工事を利用し、別の工事もできたはずだ。

 

 サウス・タワーの90階、そして94から97階のフロアーにオフィスがあったフィデュシアリー・トラストで働いていたスコット・フォーブスによると、攻撃直前の9月8日から9日にかけて動力が落ちたという。50階から上は電力の供給がなくなり、監視カメラやドアのセキュリティ・ロックも機能しなくなったとしている。この故障を修理するために多くの技術者が荷物を携えてタワーに出入りしていた。この情報をフォーブスは9/11委員会を含む各方面に手紙で知らせたが、無視された。(George W. Grundy, “Death of a Nation,” Skyhorse, 2017)

 

 この出来事によってアメリカ国内はファシズム化し、国外では侵略戦争が本格化した。ジョージ・W・ブッシュ政権はアメリカの軍隊を投入したが、失敗。そこでバラク・オバマ政権はアル・カイダの仕組みを利用して傭兵部隊を編成、シリアやリビアなどへ軍事侵攻、ウクライナではネオ・ナチを利用して対ロシア戦争を始めた。

 

 こうした話は拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』(三一書房、2005年)で書いた。その続編を2010年に出版する予定だったのだが、これは出版社側の事情で立ち消えになった。そこで、その一部を本ブログに反映させている。

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【​櫻井ジャーナル(note)​】

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