破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:お金は欲しがってください」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:お金は欲しがってください」

今日の破・常識!

お金は欲しがってください。

お金を持つことで

精神性が低くなってしまうということはありません。

byアシュタール

 

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

 

vol. 1248 お金は欲しがってください

「お金は欲しがってください」by アシュタール


「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

いつもお伝えしていますが、お金を嫌わないでくださいね。

お金はただの紙と金属です。

それ以上の意味を持たせないでください。

いまのあなたの社会では、あなたが必要なものを

手に入れるためのツールです。

それ以上でも、それ以下でもありません。

でも、あなた達の中にはお金という概念に対して

とても複雑な感情があります。

大きな二つの矛盾が同時に存在しているのです。

精神性の高い人はお金を欲しがってはいけない。

お金は人の精神性を低くしてしまう、汚いものだ。

だから、お金は欲しがってはいけない・・・という刷り込みと

お金があると幸せになれる。

豊かな生活がおくれて、ステキな人生をおくることが出来る。

だから、お金は欲しい・・・という気持ち

(テレビなどでお金持ちの人の生活を見ていいなぁ~と思う)

お金はいらない、でも欲しい・・欲しいけど、いらない・・・・

この矛盾であなた達は、お金に対して

どうしていいか分からなくなってしまっています。

お金は欲しがってください。

お金を持つことで精神性が低くなってしまうということはありません。

精神性・・という概念がよくわかりませんが

人にやさしく出来る、人を大切にすることが出来る

平和な生き方が出来る・・・などということが

精神性が高いということであれば、

あなた達が考えているのと反対にどんどんお金を持ってください。

お金を持つことで、豊かな生活が出来ることで

あなた達は気持ちに余裕が出来ます。

余裕があれば、人を大切に思うことが出来るのです。

平和な生き方が出来るのです。

分かりますね。

清貧・・貧しくては、余裕がなくなります。

ガソリンが入っていない車は、自分が走ることもできませんし

ましてや他の車にガソリンを分けてあげることも出来ないのです。

そして、ガソリンが満タンな車に対して

羨望ややきもち的な気持ちを持つことも出てきます。

そうなれば、反対に精神性は低くなっていくのです。

豊かなことは決していけないことではないのです。

豊かだからこそ、余裕が出来

他の人のことを考えることが出来るのです。

豊かになってください。

お金だけが豊かさの条件ではありませんが

大きな要因になることは確かです。

貧しければ、お金を欲しがらなければ、

良い人になれる、精神性が高くなる・・

などという考えはまるで反対です。

ただ、むやみにお金を欲しがってください・・

とお伝えしているのではありません。

必要なお金を欲しがってください・・とお伝えしているのです。

必要なお金、欲しいと思うものを

手に入れるお金は、どんどん欲しがってください。

そして、どんどん生活もこころも豊かになってください。

欲しいものを手にすることができれば、ご機嫌さんになれます。

ご機嫌さんになれば、波動も軽くなります。

波動が軽くなると、愛のエネルギーに満ちてきます。

愛のエネルギーとは、すべてに対する尊敬と感謝の気持ちです。

愛のエネルギーに満ちてくると、平和になります。

平和な状態・・それが、精神性の高い状態だと私は思います。

精神性を高くしたいと思うならば、我慢をせず

欲しいものを欲しがってください。

欲しがれば(オーダーすれば)必ずあなたの手に入ります。

豊かになってください。

お金を嫌わないで、どんどん欲しがってくださいね。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」

ありがとう、アシュタール! 

マイコメント


富に対する主イエスの答えが「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」

という言葉は特に有名ですね。

この言葉を一度も聞かなかったという人はいないだろうと思います。

それだけ脳裏に深く刻まれていてお金に対する嫌悪感がここから生まれます。

しかし、この言葉についてはさくやさんがこれまでの著書で述べていたことから考え

ると後から付け加えられたものと思った方がいいでしょう。

その方が庶民の心の葛藤が多くなり、富を得ようとするより貧しい身に自分を置こう

とする人が増えることになり、税金をどれだけ取られてもその境遇に甘んじる姿勢を

取り続けることになるので、庶民のコントロールも容易になるでしょう。

これはおそらくどの宗教でも似たようなものでしょう。

仏教でもキリスト教でも神道であってもです。

お金はあくまでも道具です。生活するためのツールです。

それに善悪の概念を持たせ自由にならない思想を持たせたのが今の社会です。

その重要な役割を宗教が担ってきたと言ってもいいでしょう。

しかし、お金をただのツールと考えるならばいくら持っていても罪には問われません。

もっとも、持ちすぎると他人から狙われてしまうという弊害はありますが・・・。




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