破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:平和な世界を望むのならば・・・」

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平和 アセンション

破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:平和な世界を望むのならば・・・」

今日の破・常識!

世界の平和を祈る必要はありません。

あなたが平和な世界を望むのならば、

まずあなた自身が平和になってください。

あなたが平和でないのに

誰かを平和にすることは出来ないのです。byアシュタール

 

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

vol. 1303平和な世界を望むのならば・・

「平和な世界を望むのならば・・・」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

まず、あなたの中を平和にしてください。

あなたの現実は、あなたの思考の反映です。

あなたがどんなに世界の平和を祈ろうとも

あなたの中が波立っていたら

そのような世界しか見えないのです。

あなたが平和でいるためには・・

あなたが好きなことをしてご機嫌さんでいればいいのです。

人のことを祈る必要はありません。

あなた以外の人は、それぞれに

その人の現実を創造し生きているのです。

そして、あなたの世界を平和にするには、干渉しないことです。

誰かの世界に干渉しないということです。

あ~しなさい、こうしなさい、そうするべきです

そうであらねばいけないのです・・

と自分の価値観、思考、やり方を押し付けないことです。

その人の価値観、思考、やり方を尊重するということです。

人にはそれぞれの価値観、思考、やり方があるということを

尊重するということです。

それは、親子であっても、家族であっても

パートナーであっても同じです。

でも、どうしても干渉したくなります・・

それは、あなたがあなたを生きていないからです。

あなたが好きなことをして

ご機嫌さんで楽しく自分の人生を生きていれば、

人のことは気にならなくなります。

人のことが気になるということは、あなたが縛られているからです。

あなたがこうしてはいけない、こうでなければいけない・・

と自分で自分をしばっているから人をも縛ろうとしてしまうのです。

自分をしばることなく、楽しく生きていれば、

人をしばろうとも思いません。

自分の思い通りにしようとも思わなくなるのです。

人が人に干渉しなくなると

(人だけではなく、植物、動物、鉱物、テラすべてにおいて)

みんなが自由になります。

自由になるとご機嫌さんでいられるのです。

干渉しないことと、関係性を築かないことは違います。

干渉しないと孤独になるのではなく

もっと関係性が深くなるのです。

自由で気持ちの良い関係を築くことが出来ますので

もっと親密になることが出来ます。

あなた達は干渉することが愛だと教育されてしまっていますが

反対なのです。

干渉しないこと、相手の意見、価値観、思考、やり方を

尊重することが愛なのです。

ですから、干渉しない世界になると

世界は愛で満たされ、平和になるのです。

平和を祈らなくても、自然に平和になって行くのです。

祈る・・ということ自体がもう干渉であるのです。

人の平和を祈る・・それも干渉なのです。

平和になる、ならない、はその人の自由なのですから。

誰かの平和を祈るというのは、大きなお世話だということなのです。

ですから、世界の平和を祈る必要はありません。

あなたが平和な世界を望むのならば、

まずあなた自身が平和になってください。

あなたが平和でないのに

誰かを平和にすることは出来ないのです。

人は自由になれば、必ずご機嫌さんになります。

ご機嫌さんばかりがいる世界・・

それが平和な世界なのです。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」

ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

アセンションメッセージの中には「世界の平和を祈る集団瞑想」などとチャネラーを

通して送ってくるものがありますが、あれはナンセンスだということですね。

世界の平和を祈ることが人間として正しいことであり、それは人格者というシールを

貼られることを望んでいることと同じです。

そして、世界の平和を祈ることで回りまわって自分が平和になると思っていると思い

ますが、そんなことはないということです。

いくら世界の平和を祈っても世界の平和は近づきません。

なぜなら、その祈りが人々の心に届かないからです。

原爆の地「広島」「長崎」で毎年平和を祈る催しが開かれ、多くの人が平和を望み

祈りを捧げますが、その祈っている人の心が平和で満たされているのだろうか?

と思うのです。

ある意味、自身が平和でないから祈っているとも取れるからです。

また、すべての人がそうだというわけではなく、中には真に心安らぎ平和な人も

いることと思います。

しかし、平和を祈るというのはどこか他力本願な気もします。

そこには周りが平和になれば、世界中が平和になれば自分も平和になるだろうと

いう思いが混じっています。

そうではなく、まず自らが平和であることで世界が平和になっていくと考えるべき

なんだろうと思います。

自分が平和でない限り、いつも悩みの種に付きまとわれることになるのですから

いくら平和を祈っても、そこを離れれば悩みの種が降りかかってきます。

しかし、平和と言っても100%の平和を望むことはこの地球上では無理でしょう。

そうではなく、自分自身が心穏やかに過ごせていることが平和だと思います。

そして、それは自分の周りで起きていることや友人関係、親子関係を見れば

わかると思います。

変な話ですが、自分が平和で心が満たされていれば親子や友人間をめぐる悩みと

いうのは少なくなるはずです。

それは自分の穏やかな心の状態が周りの環境を創ることになるからです。

平和でいたければ自分が平和であれば自然とそうなって行きます。

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