世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:人からの称賛が一番のごちそう??」

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世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:人からの称賛が一番のごちそう??」

ディズニーの映画って支配とか征服というテーマが多いんじゃない?

この前ディズニーのアラジンを見てたんです。
悪役のジャファーさんが叫んだ!
俺が支配者だ、最強の支配者になるんだ~的な
言葉を叫んでいたんです。
ディズニーの映画の中でこんな場面をよく見るなぁ~って
思いました。
この国を支配してやる的な人物や動物が出てきて策略を
練る。
支配しようとするものと、そのものを排除しようとするものの
闘い的な感じが多いですね。

これはディズニーだけじゃなくてアメリカの派手な映画には
支配とか征服とかの話が多いなって思うんです。

そして、”特別”っていうこともよく出てくるよね。
特別な存在(神とか悪魔とか、王子、王女、魔法使いや
何かに変身できてすごい力を持っているとか)が良く出てくる。

日本の漫画やライトノベルも最近そういう話が多いような
気がするんですよ。
生まれ変わったら最強の戦士になっていたとか・・
生まれ変わったら王女になっていたとか・・
あと、異次元の存在を使役して力を得るとか・・

”特別”とか”人と違う能力”を欲しがる傾向が強くなってるのかな?
まぁ、昔からありますけどね、戦隊ものののヒーローとか。
ヒーローとかになったら気持ちいい・・それはわかるんだけどね。
でも、どうしてそんなに特別になりたいんだろう?
なんかそんな特別な存在になっても面白くないんじゃない?って
思うんですけどね。
特に力技で人を支配したりしてもねぇ~・・反対にさみしいんじゃない?
って思ってしまうミナミです。

では、アシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「人からの称賛が一番のごちそう??」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話出来ることに感謝します。
 
特別になりたいという発想は、セルフイメージの低さから
 
出てくるものです。
 
自分がどのような存在かということです。
 
 
自分を小さく、つまらない存在だと思ってしまうとセルフイメージは
 
低くなってしまいます。
 
自分には価値がないと思ってしまうということです。
 
 
そうなれば誰かに認めてもらいたいという欲求が出てきます。
 
それが特別になりたい、大きな力が欲しいということに
 
なるのです。
 
 
誰かと比較して自分の価値をはかるのではなく、
 
ただ自分は素晴らしい存在であって存在するだけで大きな価値が
 
あると思う人は、人と比較することもありませんし、誰かに
 
自分の存在を認めてもらおうなどとは思わないのです。
 
 
あなた達の社会はピラミッド型の社会です。
 
ピラミッド型の社会は階級社会ですので、いつもヒエラルキーに
 
さらされます。
 
誰の方が強い、えらい、賢い、などと常に比較され、誰かより
 
自分の方が優れていると思うとほっとし、劣っていると思うと
 
がっかりする。
 
そういう社会なのです。
 
ですから、常に誰かと比較し、その比較によって自分の価値を
 
見出すのです。
 
そんなことをしていたらセルフイメージはボロボロになって
 
しまいます。
 
そして、何を拠り所にしたらいいかわからなくなって
 
しまいます。
 
自分という拠り所がなくなり、常に比較だけが
 
拠り所になってしまうのです。
 
比較が自分の価値を判断する杖になってしまうのです。
 
 
そうなると人からの称賛が一番のごちそうになります。
 
称賛される、認められるということのために生きるように
 
なってしまうのです。
 
ヒーローとしてあがめられたい、権力を持つことで人に認められたい、
 
などと思ってしまうのです。
 
それが”特別”になりたいと思う心理状態なのです。
 
 
はっきり言っていまのあなたの国などのトップの人たちは
 
この心理状態で動いています。
 
自分が認められることが一番なのです。
 
権力を持ちたいと思うのも認められたいからです。
 
 
だからどんどん過激になって行くのです。
 
自分たちに命令しているトップの人たちに認められるのは
 
もちろんのこと、庶民にも認められたいと思うのです。
 
どちらかというと庶民の方に認められたい、すごい人だと思われたい
 
頭の切れる人だと思われたい、頼りがいのある人だと思われたい、
 
そう思われることで少なくなってしまったエネルギーを
 
補充したいのです。
 
 
庶民にそう思われるための力が欲しい、権力が欲しい、
 
庶民の気持ちを支配、コントロールしたい、庶民を思い通りに
 
動かしたいという気持ちがどんどん湧いてくるのです。
 
これが支配欲となって行くのです。
 
 
どんなに堂々としているように見えても、支配欲のある人は
 
セルフイメージが低いのです。
 
自分には価値がないと思っているので、他の人の目を通して
 
自分の価値を認めたいのです。
 
 
権力が欲しい、力が欲しい、何か他の人には出来ない特別な力が
 
欲しいと思うときは、自分のセルフイメージが低くなっている
 
と思ってください。
 
 
自分のことを信じ、自分を拠り所に出来る人は特別になろうとは
 
思いません。
 
権力を欲しがることもないのです。
 
他の人に認められたい、他の人に命令できる力を持ちたいと
 
思うのはセルフイメージが低いからだとお伝えしたいと思います。
 
 
ピラミッド社会にいると比較ばかりしてしまいます。
 
そして、セルフイメージが低くなりエネルギーが枯渇します。
 
だから権力争いが起きてくるのです。
 
権力が欲しくなり、人に指図することが快感になってくるのです。
 
 
そういう目でちょっと権力者たちをみてみてください。
 
見えなかったものが見えてきます。
 
そして、違和感を感覚的に感じることが出来るようになります。
 
 
セルフイメージが低くなってしまった人にエネルギーを流して
 
いると、もっともっと要求がエスカレートしていきます。
 
セルフイメージが低いままの人は自分の中からエネルギーが
 
出ませんので、人からエネルギーを得るバンパイアになって
 
しまい、そのエネルギーもすぐに消化してしまいますので
 
満足するということが出来ないのです。
 
 
特別な人になりたいと思うのは、セルフイメージが低くなり
 
エネルギー不足になっているからだということです。
 
 
あなたに愛をこめてお伝えいたします。」
 
 
 


ありがとう、アシュタール! 感謝します。  

マイコメント

良く言われる子供の育て方で「褒めて育てる」というのがあります。

子供が何かできたときにそのことをほめてあげると、次の新しいことに対する

チャレンジ精神が磨かれ積極的に取り組むようになるということです。

でも、これもすべてにおいてほめてしまうと子供は褒められないとやらなく

なります。

褒められ依存症になってしまうんですね。

だからこれも適度な褒め方をしないといけないものです。

褒めるときは褒めるけど叱るときはきちんと叱る。

また、失敗したときには何がいけなかったのかを考えさせて、それが出来て

次のチャレンジに成功したら褒めてあげるという形です。

そういうメリハリが必要です。

人から称賛されたときというのはとてもうれしいものです。

それによって自分自身に自信がつきやる気も出てきます。

だから、全く必要ないというものではないのですが、それに依存するような

考え方になってしまうといけないということです。

まずは自分自身の持っている能力や力を信じられるようにしてあげることが

大事で、それがあるだけで人は自ら行動を始めます。

そして、その人は自分を信じて行動した結果がついてきているので

誰かの称賛を当てにしているわけではないという考えがありますので

称賛依存症にはなりにくいだろうと思います。

また、自己顕示欲というのも人は持っていて、自分の能力や力はこれだけ

すごいんだと表明して他人に認めさせたいという欲望もあります。

半分は自信にもつながることなので否定はしませんが、顕示欲の塊になって

しまうと誰にも相手にされなくなるので、これも程度次第です。

それには相手の能力や力も認めてあげるということです。

そうすれば上手くバランスが取れるようになります。

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