急ブレーキかかった欧州「2035年EV化法案」。日系メーカーの「二正面戦術」は正しかった

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急ブレーキかかった欧州「2035年EV化法案」。日系メーカーの「二正面戦術」は正しかった

日本メーカー追い落としで始まったEV化の壁が重くのしかかって初めて気づいたEVの虚構!

2021年7月14日、欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は「気候変動対策に関する包括的な法案の政策文書(コミュニケーション)」を発表した。その中で、EUでは2035年以降の新車登録を、いわゆるゼロエミッション車(走行時に二酸化炭素などの温室効果ガスを排出しない車両)に限定する方針を示した。


ゼロエミッション車には電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)などが含まれるが、EUは実態としてEVを念頭に置いている。この欧州委員会の提案(以下、2035年EV化法案)は、2022年10月に欧州委員会、欧州議会、閣僚理事会の三者間で最終合意に達し、2023年2月14日に立法機関である欧州議会で採択された。

残るは3月7日に予定されていた閣僚理事会(EU各国の閣僚から構成される政策調整機関)での承認だけだったが、この会合が土壇場で延期される事態となった。ドイツのフォルカー・ウィッシング運輸・デジタル相が、ここへ来て“ゼロエミッション車にe-fuelのみで走行する内燃機関(ICE)車を含めない限り、法案を支持しない”と表明したためだ。

 

ドイツが「不支持」の背景…「e-fuel」がなぜキーなのか

e-fuelは再エネ由来の水素を用いた合成燃料のことだ。燃焼時には二酸化炭素(CO2)を排出するが、一方で生産の過程でCO2を利用するため、CO2の排出量と吸収量を差し引けば実質ゼロとなる。また既存のガソリン車やディーゼル車にも使えるという特徴がある。一方で、製造効率が悪いため、生産コストが高くつくという問題を抱えている。

このe-fuelの利用を推進しようとしているのが、実はポルシェに代表されるドイツの自動車メーカーだ。e-fuelであれば、既存のガソリン車やディーゼル車の生産ラインを維持できる。そのため、ショルツ連立政権に参加する自由民主党(FDP)は、親ビジネスの立場からe-fuelの利用を重視する。ウィッシング運輸相は、そのFDP出身だ。

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が説得にあたったが、ウィッシング運輸相やFDP党首のクリスティアン・リントナー財務相は首を縦に振らなかったようだ。引き続き、フォン・デア・ライエン委員長は説得を試みている。なぜならば、ドイツが賛成に回らない限り、閣僚理事会で2035年EV化法案が承認されないためだ。

イタリアやポーランドも法案に合意せず

閣僚理事会の採決は特定多数決によって実施される。つまり「EU27カ国のうち15カ国以上の同意が不可欠」であるとともに、その「15カ国でEUの人口の65%以上を占める」必要がある。ドイツだけの反対なら、2035年EV化法案は承認される運びだが、問題はドイツ以外にもこの法案に合意していない国があることだ。

まずイタリアが、この2035年EV化法案に反対している。イタリアのメローニ右派連立政権は、親ビジネスの立場に加えて、EVシフトが雇用に与える悪影響を重視している。従来のガソリン車やディーゼル車の生産ラインが不要となり、雇用が失われる恐れがあるため、EVシフトは慎重に行うべきだというのがメローニ政権の立場だ。

その他にも、中東欧の大国、ポーランドが反対の意見を表明、ブルガリアも棄権に回るようだ。ドイツとイタリア、ポーランドの人口を合わせると約1億8000万人、EU全体の人口がおおよそ4億5000万人であるから、4カ国の人口を合計すると35%を超えることになる。つまり、2035年EV化法案は閣僚理事会で否決となる。

根強い「性急なEVシフトへの反対」

ここで強調しておきたいことは、基本的に、「2035年EV化法案に慎重な国々は、EVシフトそのものに反対しているわけではない」ということだ。EVシフト自体には賛成しているが、2035年までに完了するというタイムラインの在り方に疑義を呈している。つまり、それは性急であり、非現実的という立場である。

欧州の自動車の業界団体も、これと同様の立場だ。

欧州自動車工業会(ACEA)や欧州自動車部品工業会(CLEPA)といった各団体も、EVシフトのタイムラインについて慎重な立場を堅持する。EU内においてEVシフトは確固たるメガトレンドだが、そのタイムラインの在り方に関しては慎重な意見がかなり多いことは、きちんと理解すべき事実だ。

経済重視派と環境重視派の間で繰り返される論争

そもそもこの2035年EV化法案は、2022年6月に欧州議会で賛成の決議がなされた際に、最大勢力で中道右派の欧州人民党グループ(EPP)によって修正が試みられていた。具体的にEPPは、2035年のゼロエミッション車目標を100%から90%に引き下げ、また100%にする時期を明示しないという代案を出していた。

EPPは経済を重視したわけだが、これは必ずしも企業だけに配慮したわけではない。EVシフトで失われる可能性がある雇用にも配慮した点が重要である。

結局、2022年6月の欧州議会での議決の際は、環境会派である緑の党・欧州自由連合(Greens/EFA)を中心とする環境重視派の意見が勝ったが、経済重視派の反対も根強いままである。

ドイツでも、経済重視派であるFDPは2035年EV化法案に慎重だが、環境重視派である同盟90/緑の党(B90/ Grünen)は賛成しており、閣内不一致の状態である。ショルツ首相を要する中道左派の社会民主党(SPD)も表向きは賛成しているが、支持基盤である労働者団体に対して配慮する必要があるため、微妙な立場だ。

2035年EV化法をめぐってこうした経済重視派と環境重視派の論争が繰り返される最大の理由は、欧州委員会による調整不足にあるのではないだろうか。

脱炭素化を重視する欧州委員会は、世界的メガトレンドであるEVシフトの覇権を握ろうと野心を燃やしているが、そのことが焦りにつながり、調整不足を招いたということだろう。

そして結局は、「2035年にEV化100%」というタイムラインの設定が、やはり非現実的だったということだろう。脱炭素化戦略の全体像である「fit for 55」(2030年の温室効果ガスの排出量を1990年比で55%以上削減するための政策パッケージ)との兼ね合いで定められたものだが、当初から数字ありきの印象は否めなかった。

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最終的には妥協に達する見通しだが…日系メーカーの「二正面戦術」は現実解だった

調整慣れしているEUのことであるから、最終的には2035年EV化法案は承認されるだろう。ドイツが矛を収めることができるように、ゼロエミッションの概念にe-fuelを含むよう、妥協が成立するかもしれない。しかし、欧州委員会と各国閣僚が「いつ妥協に達するか」、その展望が描けないのが実際のところである。

すでにEUでは、新車の一割がEVとなっている。順調に普及してきたといえるが、もう一段の普及を図るためには、充電ポイントなどインフラの整備のほか、中古車市場の育成、低所得国の市場開拓といったさまざまな課題をこなしていかなければならない。2035年までのあと13年で、これらの課題を全て克服できるか定かではない。

EVシフトは脱炭素化に適うかもしれないが、そのための一手段に過ぎないことを再認識するうえで、今回のEUの騒動は良いきっかけといえよう。

日系メーカーも、世界的なEVシフトを見据えて、車種の開発や生産に勤しんでいる。一方で、ハイブリッド(HV)やプラグインハイブリッド(PHV)といった電動車に強みを持ち、その道による脱炭素化も模索し続けている。

EVの増産も図りつつ、HVやPHVといった電動車の道も追及するという日系メーカーの二正面戦術は、やはり現実的な解だったということではないだろうか。

土田 陽介

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