「ガソリン以上に深刻」ホルムズ海峡封鎖で迫る日本の医療崩壊――医師が警告するナフサ不足で起きる危機
病院で入院制限や手術不可と告げられる可能性もあり得る差し迫った危機が顕在化する日。おまけに薬も手に入らなくなる悪夢
中東からの輸入に依存するナフサ
悪化の一途を辿る中東情勢。事実上封鎖状態のホルムズ海峡には日本の船舶も閉じ込められており、日常生活に影響も出始めている。
だが、2026年3月20日、イランのアラグチ外相は「日本関係船舶の通過を認める用意」と明らかにしたことも報じられている。
しかし、再開されるまでにはガソリン代や電力の高騰、プラスチック製の日用品不足も深刻だ。それ以上に、日本の医療現場を揺るがす状況にも陥りかねないのだ。
「病院で使うマスク、手袋、注射器やカテーテル、点滴、防護服類……医療現場で使われる使い捨てできるディスポ製品の多くは石油化学製品です。かつては中国で製造されていましたが、コロナ禍で輸入が止まった教訓から国内生産に切り替えたものが多い。しかし、原料の“ナフサ”が入ってこなければ、国内でも製造できません」
そう説明するのは医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広氏だ。上氏ら医療関係者が、もっとも危機感を抱いているのが、石油化学製品の原料となる「ナフサ」不足だ。
石油製品の一つであるナフサから生成されるエチレンやベンゼンは、プラスチックや合成製品の基礎原料だ。日本はその約4割を中東に依存しており、ホルムズ海峡封鎖はナフサ調達にも大きな打撃を与えている。
実際、2026年3月16日には出光興産はエチレンの減産を発表。三井化学なども減産に踏み切っており、国内にある12カ所のエチレン生産設備のうち、半数の6カ所が稼働を縮小している。定期点検で停止している設備もあるため、供給量の落ち込みは避けられない。
この影響は医薬品にまで及ぶ恐れがある。
エネルギー危機で救急車も動かない
「消毒液や医薬品の製造過程にも石油由来の成分が使われています。ジェネリック医薬品は、もともと供給網の混乱や不祥事などの影響で供給が不安定な状態にあります。そのため、この状況が長引けば、さらに医薬品は不足するでしょう。石油由来の材料は錠剤のコーティング剤、個装の材料などにも使われています。最悪の場合、薬そのものが作れない・包めないという事態も起こり得ます」(上氏。以下、カッコ内は同)
さらに「病院そのものが運営できなくなる危険性もある」と上氏は指摘する。
「東日本大震災時、エネルギー不足による計画停電が検討された際、真っ先に影響を受けたのは病院でした。東北、関東の多くの医療機関に緊張が走ったのを覚えています」
生命維持に必要な装置は、電力なしには動かない。
「生命維持装置、透析機、レントゲンやCTなど検査用の機械、手術室の照明…これらはすべて電気で動いています。院内の温度管理も不可欠です。診察から検査、治療、入院に至るまで、医療機関は電力に依存しています。燃料不足による電力逼迫で再び計画停電がとなれば、最も打撃を受けるのは病院と患者でしょう。自家発電設備のある病院であっても、長期間の燃料不足に耐えられるとは限りません」
かつてエネルギー危機が医療現場を崩壊させたことがある。
ソ連崩壊後のキューバだ。ソ連からの燃料輸出が止まったことで、同国内は深刻なガソリン不足に陥った。救急車は走れず、医師たちは自転車で往診するしかなかった。当時のキューバは世界最高の医療水準を保っていたというが、エネルギー不足により機能不全に陥ったのだ。
近年ではスリランカでも医療崩壊が起きている。同国の場合、外貨不足で燃料の輸入が滞ったことが原因だ。電力制限は病院にも及び、手術は中断、緊急搬送もできなくなる事態が起きている。
「日本がスリランカやキューバと同じ道をたどるとは限りません。しかし、エネルギー不足が続けば、病院経営自体が立ち行かなくなる可能性は十分にある。経営を縮小したり、自主的に廃業したり、深刻な事態に陥る医療機関が出てくるでしょう」
その背景にあるのは日本の病院特有の経営構造だ。
地方の自治体病院は深刻な状態に
医療機関の収入の大半は保険診療によるもので、国が定めた診療報酬という固定価格に基づき、運営されている。そのため自由診療を除けば一般企業のように、コスト増を理由に価格を上げることはできない。
「4月から診療報酬はわずかに引き上げられますが、コスト増ははるかに上回るペースです。すでに赤字の病院も多く、リストラや経費削減で何とか経営を維持している状態です。エネルギー危機が長引き、備品代や電気代が高騰すれば、倒産する病院も出てくるでしょう。この先、想定されるインフレは、多くの病院経営を一発で破綻させるかもしれません」
特に救急医療のような「不採算だが不可欠な部門」が打撃を受けるとみられる。また、上氏の見立てでは「地方の自治体病院はさらに深刻な状況になる」という。
「たとえば福島県南相馬市。これまで黒字経営の自治体でしたが、医療予算の膨張が財政を圧迫し、現在では蓄えを切り崩して対応しています。民間も自治体もぎりぎりの状態で病院経営をしています。物資が底をつく前に、経営難で撤廃するところが出てもおかしくはない」
日本政府は「ナフサの国内需要の4ヵ月分を確保可能」としているが、上氏は懐疑的だ。
「他国からの代替調達が必要ですが、価格はどうなるのか。日本の医療は輸入に依存しているので、ナフサが確保され消耗品の国内製造ができても、燃料がなければ海外からの医薬品輸送ができない。輸送コストの上昇はそのまま医療コストに跳ね返る。病院経営は悪循環に陥るでしょう」
物資不足、燃料高騰が懸念される中、日本はさらなるリスクがある。今年の夏の猛暑だ。上氏が警告する。
「なにも対策をしなければ多くの人が命を落とすでしょう」
気象庁によると今年の夏も猛暑になることは「ほぼ確実」だという。燃料不足による計画停電でエアコンの使用を控えざるをえない状況になれば、被害は拡大する。



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