ホルムズ海峡封鎖で硫黄不足が深刻化、半導体製造に欠かせないフッ化水素酸の価格が高止まり
日中韓の各国企業の勢力図にどう影響するのか?日本への影響は小さい
フッ化水素酸インダストリアルチェーン指数は高止まり
フッ素製品価格が急騰している。中国の大手商品価格情報プロバイダーである生意社は、蛍石、硫酸といった上流原材料から半導体製造に欠かせないフッ化水素酸、冷蔵庫、空調の冷媒、高機能プラスチックとして広く使われるフッ素樹脂といった下流製品に至るまで、フッ素製品全般の価格を反映させた「フッ化水素酸インダストリアルチェーン指数」を公表している。今年2月25日の時点では149.78ポイントであったが、その後急騰し4月13日には28%高い191.72ポイントを記録した。5月18日は190.94ポイントで、足元では高止まりが続いている。
フッ化水素酸は硫酸と蛍石とを化学反応させることで生成される。硫酸の原料となる硫黄は主に石油の精製時に副産物として産出されるが、ホルムズ海峡封鎖により、その供給が滞ることになった。硫黄不足はフッ化水素酸の高騰を招き、それが広く下流製品の価格上昇に繋がっている。
台湾系市場調査会社であるTrend Forceは、グローバル・クラウドサービスプロバイダー(CSP)による2026年の資本支出予想は8300億ドルで前年同期比79%増と予想している。AIデータセンターへの爆発的な需要拡大を見越しグローバルCSPは目一杯、投資を拡大させようとしているが、電力インフラの制約、金利上昇による資本コストの上昇に加え、メモリ価格の高騰、供給不足といった投資の妨げとなる要因がある。そこに半導体製造プロセスにおける絶縁膜のエッチング、洗浄などに用いられる超高純度フッ化水素酸の価格上昇が加わることで、投資を妨げる要因がさらに増えることになりそうだ。
中国のフッ化水素酸の生産能力は世界全体の80%
半導体製造プロセス向けのフッ化水素酸に焦点を絞ると、ミクロの視点では、今回の硫黄価格上昇によって、中国企業が恩恵を受け、韓国企業がダメージを受けると考えられる。
もっとも重要な原材料となる蛍石についてだが、国別産出量では、中国が600万トンで世界全体の63%を占める(2023年、USGS)。以下、モンゴルが121万トン、メキシコが116万トン、南アフリカが34万5000トン、スペインは16万5000トンと続く。また、もう一つの重要な原材料である硫黄について調べると、こちらも中国が1940万トンで最大である(2023年、USGS)。以下、米国、ロシアと続くが、4位にサウジアラビア、5位にアラブ首長国連邦、11位にイランが入る。
経済合理性から、フッ化水素酸工場は蛍石の採掘現場の近くに集中している。本土メディア(FLUORINE ONLINE)によれば、2024年における中国の(無水)フッ化水素酸の生産能力は約347万7000トンで世界全体の80%を占める。中国以外では、米国、メキシコ、インド、ドイツなどでも生産量がある。一方、ステラケミファなど日本の大手メーカーは早くから中国に子会社、合弁会社を設立し、中国で作ったフッ化水素酸を輸入し、日本の工場において精製し、最終的に半導体製造過程で使用できる純度の高い製品を作っている。垂直生産体制を築いているが、ソルブレイン、ENF・テクノロジー、Huseongといった韓国メーカーは、中国企業から中間原材料としてフッ化水素酸を仕入れ、それを自社の工場で精製した上で、サムスン電子、SKハイニックスなどに収めている。
少し補足すると、日本政府は2019年7月、韓国に対して半導体製造に必要な高純度フッ化水素酸の輸出を厳しく管理する措置を始めたが、韓国企業はこれに対応するために仕入先を多様化、中国から中間財として純度の低いフッ化水素酸を仕入れた上で、自社で精製させる体制へと変更した経緯がある。
日本の大手企業には硫黄不足の影響があまりない
前述のように中国の蛍石、硫黄の産出量は世界最大だが、それ以上にフッ化水素酸の製造能力が大きいため、不足分を輸入に頼っている。したがって、今回の硫黄不足は、中国企業にとってもコストアップ要因となるが、需給逼迫が売り手有利の状況を引き起こしている。つまり、中国企業は原材料コストの上昇を吸収して更に利益率を高めることのできる価格設定を行うことで、硫黄不足が増益要因となっている。
中国企業の台頭は目覚ましく、多フツ多新材料(002407、深センA株)は線幅14nm以下の先進製造工程に用いられるフッ化水素酸を製造しており、TSMC、サムスン電子、SKハイニックスなどへの納入実績もある。
日本の大手企業は、中国に子会社を持ち垂直生産体制を敷いていること、中国、韓国企業が技術的に作ることのできない超高純度フッ化水素酸を生産していることなどから、硫黄不足の影響はほぼないだろうが、中国企業から技術面で追い上げを受ける一方で、中間財を中国から仕入れて精製を行う韓国勢にとっては、十分な価格転嫁ができず、減益要因となりそうだ。
レアアースに限らず、資源を持つ国の企業は強い。現在、中国では半導体産業の国産化が急速に進められている。顧客に近い場所で生産を行う中国企業は、その点においても有利である。長期的視点に立てば、この業界においても中国企業の台頭は必至で、いずれ日本企業にとっても脅威となりそうだ。
文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」も発信中。



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