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ワクチン訴訟の行方は

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厚生労働省 コロナワクチン

ワクチン訴訟の行方は

国はワクチンの利益(感染予防、重症化予防など)を積極的に広報した一方で、副反応や未知のリスクについて十分な説明をしなかった。

ワクチン被害集団訴訟について、3回目の口頭弁論が東京地裁で行われた。
26歳男性は、司法試験に合格した後、司法修習への参加を目前に控えた2021年11月にコロナワクチンを接種し、その3週間後に死亡した。弁護士になって活躍する夢が、ワクチンにより潰えた。悲劇というより他ない。

今回の裁判で、原告側は「ワクチンにより無数の人が死亡した!どうしてくれるんだ!」と主張しているわけではない。それを言いたいのは山々だが、そこを争点にすれば、「接種と死亡との因果関係がどうのこうの」という泥沼にはまる。それこそ製薬会社の得意な土俵であり、「科学的データ」を突き付けられた原告は反論に窮することになる。
原告代理人の青山弁護士は、そういう泥沼化を避けて、「国はワクチンについて十分に情報提供しませんでしたね?」という点をメインに争っている。

「国はワクチンの利益(感染予防、重症化予防など)を積極的に広報した一方で、副反応や未知のリスクについて十分な説明をしなかった。
本来、医療行為は利益と不利益の双方について十分な情報提供を受けた上で、本人が判断すべきである。しかし、国はメリットを不当に誇張し、リスクを過小評価あるいは十分に伝えず、「みんなのために」「安心・安全」といった広報を行った。これは十分な情報に基づく自由な選択(自己決定権)の侵害にあたる。
すでに国内外で接種による副反応の情報が蓄積していたにもかかわらず、国は、広報内容を修正することなく接種勧奨を継続した。これは国の重大な説明義務違反であり、国家賠償法上の過失である」

至極もっともな主張です。
みなさん、2021年~2023年ごろの、あの異様な空気を覚えているでしょうか。国、メディア、医師会は、総出でワクチンを持ち上げた。その影響をモロに受けた国民のあいだでは、「打たない奴は会社に来るな!」とか「実家に帰ってくるな!」とか、未接種者への差別さえ横行した。
国が正直に、「ワクチンにはこういうメリットがあります。一方でこういうデメリットもあります。こうした情報を踏まえて、みなさんの判断で打つか打たないかを決めてください」というスタンスであれば、こんな接種圧はなかったはずです。

上記のような原告側の主張に対して、国はどのように反論しているのか。
なんと、「反論らしい反論をしていない」というんですね。

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これは吉兆です。
国だって裁判に負けたくありません。実際、一流の弁護士団をそろえている。そして弁護団としては、原告側を叩き潰すぐらいの法理論で国を弁護したいはずです。しかし、それをしていない。なぜなのか。
できないからです。
国民への情報提供に際して、明らかにバランスを欠いていた。接種のメリットを不当に誇張し、デメリットを隠蔽した。青山弁護士の指摘が、あまりにも図星だから、反論できないということです。

僕は法律に関してまったくの素人で、あくまで素人の予想として聞いて欲しいのですが、恐らくこの裁判は勝ちます
地裁での判決ですが、国は上告しない。一審での判決が通り、国は過失を認めて、遺族に賠償金が支払われる。
そうすると、世論が変わるはずです。
みなさん、すでにB型肝炎ワクチンのテレビCMは見慣れていますね。B肝ワクチンを受けて肝炎になった人に対して、大手弁護士事務所がCMで「B型肝炎給付金をご存知ですか」みたいな広報を打っている。あれと同じことが起こります。「あなたの体調不良、コロナワクチンが原因かもしれません。心当たりの方は、〇〇弁護士事務所へご連絡を」みたいな。つまり、テレビCMでコロナワクチン後遺症患者の掘り起こしが行われる格好です。
これまで、なんとなく周囲にも言いにくく、自分に対してさえ認めにくかった「コロナワクチン接種後の体調不良」が、次第に市民権を得て、「それを堂々と主張してもいいのだ」という空気になっていく。
テレビCMを打つのは、大手弁護士事務所の経済的な動機であり、別に正義でも義侠心でもありません。でも、それで大いにけっこうです。コロナワクチン後遺症の認知が広がるのであれば、きっかけは何でもいいと思っています。

僕のこういう楽観論に対して、ある弁護士先生がこんなことを言う。
「いや、それは甘いですね。「反論らしい反論がない」ように見えるからといって、国が負けを認めたとはなりません。
国に注意義務違反があったか、過失があったか、個々の被害との因果関係が立証されているか、そういう点について争わなくても、「国家賠償法上の違法性は認められない」という一点で争う戦略は十分あり得ます。医学論争を細かく展開するよりも、「当時利用可能だった科学的知見に基づいて判断した」とか「その当時の判断としては合理的だった」とか、そのあたりの法的主張に重点をおくかもしれません。
あるいは、今の先生の意見のように、国側は本当に厳しいと認識している可能性もあります。ただし、その場合でも「敗訴もやむなし」と考えることは別です。行政事件では、仮に第一審で敗訴しても、高裁、最高裁まで争うことは珍しくありません。
裁判所は、国側の反論の量ではなく、提出された証拠、証言、法的主張全体を評価して判断します。だから、「反論が少ないように見える」ことだけから、訴訟の帰趨を予想することはできません。
あと、無視できないのは、裁判官の心理です。この訴訟は社会的関心が非常に高いので、裁判官も相当プレッシャーを感じているはずです。原発訴訟に見られるように、露骨に国側の肩を持つ裁判官もいます。国側敗訴の判決を出すことは、自分の法曹界での出世を諦める、ぐらいの覚悟がいるはずで、裁判官がそれだけ腹が座っているかどうか。私は疑問に思っています」

確かに、多くの人が注目する裁判に違いない。裁判官も人間だから、原告、被告、双方の主張の正当性だけを見るのではなく、世論の動向とか自身の法曹界での出世とか、本筋以外の要因もいろいろ加味して考えるだろう。良心よりは打算で動く裁判官がいても不思議じゃない。「正義が勝つ」と限らない点で、法曹界も俗世間と変わらないようだ。

しかし、それにしても、人が死に過ぎている。

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メディアの「顔」として、コロナの恐怖を伝え、ワクチン接種の重要性を訴えていたアナウンサーたちは、本当に、心の底からワクチンの有効性を信じていたと思う。そして、ワクチンの危険性を知らされていなかった。「接種を煽った」として批判されがちなメディアだけど、メディアの人たち自身、国の偏った情報に踊らされた被害者なんだよね。

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