インフレによる「見えない増税」とは-物価高で増す家計負担の仕組み
日本ではインフレに対応する税率区分の見直しさえされていない。あるいは財務省としてはする気がない。
(ブルームバーグ): 賃上げで名目賃金は増えているが、物価高で家計の負担感は根強い。一方、国の税収は6年連続で過去最高と政府は恩恵を受けており、エコノミストの間ではインフレ下の「見えない増税」との見方が広がっている。
背景には、物価上昇で現金や預金の価値が目減りする「インフレ税」や、賃上げに伴って名目所得が増えた際に累進課税制度の下で実質的な税負担が増える「ブラケット・クリープ」がある。
こうした事態に政府・与党も物価上昇に連動して所得税の基礎控除を引き上げるなどの負担軽減策を導入したが、インフレ率に応じて税率区分を毎年調整する他の先進国に比べると部分的なものにとどまっている。
1. 現金の価値が目減りする「インフレ税」
経済学でいう「インフレ税」とは、インフレによって現金や預金の実質的な価値が目減りし、その結果として民間部門から政府部門へ実質的な購買力が移転することを指す。
ピクテ・ジャパンの市川真一シニア・フェローは、「新型コロナウイルス禍を契機として、2020年以降、日本経済は明らかにインフレ期に入った」と指摘する。預金金利がインフレ率を下回る状況が続く中、「家計から政府への実質的な所得移転が起こっている」とし、その結果、「見えない増税になっている」と述べた。
コロナ禍からの経済回復に伴う需要拡大や供給制約に、ロシアによるウクライナ侵攻を契機としたエネルギー価格高騰が重なり、世界的にインフレが進んだ。日本銀行が24年3月にマイナス金利政策を解除し、17年ぶりの利上げを実施して以降、預金金利も上昇しているものの、物価上昇率を下回る状況が続いている。
総務省が24日発表した6月の全国消費者物価指数(CPI)の総合指数は、前年同月比1.7%上昇と、2カ月連続で伸びが拡大した。日本銀行が先月発表した生鮮食品と政府の物価高対策などの特殊要因の影響を除いた消費者物価は、5月に2.7%上昇と、20カ月連続で日銀が目標とする2%以上となった。
2. 賃上げで所得税負担も増える-「ブラケット・クリープ」
物価上昇に伴い賃金が増えても、所得税額が賃金の伸びを上回るペースで増え、実質所得が目減りする「ブラケット・クリープ」と呼ばれる現象が起きる場合がある。
日本は所得税率が5%から45%の7段階に区分される累進課税制度を採用している。税率区分は名目所得が基準のため、物価上昇や賃上げにより、新たに課税対象となったり、従来より高い税率区分が適用されたりする人が出てくる。こうした実質的な負担増も「見えない増税」と位置付けるエコノミストもいる。
第一ライフ資産運用経済研究所の星野卓也主席エコノミストは、19年から25年までの累積物価上昇率(11.9%)に合わせてインフレ調整が行われていた場合と現行制度を比較したところ、ブラケット・クリープによる「隠れ増税」は25年時点で年間1.9兆円程度と試算している。
3.税収は過去最高更新-物価高で増す税負担
財務省の3日の発表によると、25年度の国の一般会計税収は84兆2226億円と、6年連続で過去最高を更新した。
税収の大半を占める基幹3税のうち、所得税は19.1%増の25兆2565億円だった。消費税は4.0%増の26兆278億円と、9年連続で過去最高を更新した。
物価上昇と連動する形で家計が支払う消費税の負担額も増える。税率引き上げのような明確な増税は大きな政治的反発を招くが、インフレ下では政府が民間から吸い上げる消費税収も自動的に増える仕組みになっている。
野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは7日付のリポートで、税収増は日本の経済力が高まったためではなく、円安や原油高などによる一時的な物価上昇の影響が大きいと指摘。「物価高によって実質増税が進むことになるのは国民生活を圧迫することになり、問題だ」との見方を示した。
4. 海外の事例と日本の課題
米国やカナダなど多くの先進国では、ブラケット・クリープを防ぐため、所得税の税率区分や各種控除をインフレ率に応じて毎年調整する仕組みを採用している。
一方、日本では26年度税制改正で「年収の壁」の見直しとして、所得税の基礎控除と給与所得控除の最低保障額が引き上げられ、今後は物価上昇率に合わせて2年ごとに見直す仕組みが導入された。ただ、見直しは課税最低限にとどまり、税率区分の境界線は物価連動の対象となっていない。
第一ライフの星野氏は、このまま放置されれば、先々もインフレ下で中高所得層を中心に実効税率が自動的に上がり続けることになると分析する。給付付き税額控除の財源のあり方にも関わってくることから、ブラケット・クリープの問題を含む「税制全体のインフレ調整のあり方を併せて整理する必要がある」と述べた。
制度設計は、今後の財政運営とも密接に関わる。飲食料品の消費税率引き下げや17分野の官民戦略投資、給付付き税額控除、防衛費増額など、高市早苗政権は歳入減少や歳出増加を伴う施策に取り組む予定だが、財源を巡る議論は進んでいない。
野村総研の木内氏は、物価上昇率の上振れによる税収増加分を新たな歳出増加の財源に充てる方向で「議論がなされていくことが懸念される」と指摘。その場合、「財政悪化懸念から金融市場では円安・債券安が一段と進み、国民生活をさらに悪化させてしまう恐れもある」との見方を示した。
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Keiko Ujikane



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