破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:自分で自分を楽しませる覚悟」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:自分で自分を楽しませる覚悟」

今日の破・常識!

自分のことは、自分で楽しませてください。

誰も楽しませてはくれないのです。

それを覚悟するしかないのです。

自分で自分を楽しませる覚悟。

人に何か楽しませてもらおうという気持ちを手放し

自分で全力で楽しもうと思う覚悟です。byアシュタール

 

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

vol. 1254 自分で自分を楽しませる覚悟

「自分で自分を楽しませる覚悟」by アシュタール


「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが

人には何もできません。

自分が楽しみたい・・ご機嫌さんになりたい・・

と思わなければ、楽しむことは出来ないのです。

楽しもうと思う気持ちを放棄してしまえば、

誰が何を言ってもムリなのです。

誰かが楽しませてくれる・・と思っていると

楽しむことは出来ません。

自分で自分を全力で楽しませるしかないのです。

そして、楽しむことを楽しむしか、楽しむことは出来ないのです。

楽しむことを楽しむことが出来ない

(楽しむことを放棄してしまうから)

エネルギーも枯渇してしまい、また楽しくない、つまらない

何もする気が起きない・・という悪循環になってしまうのです。


自分のことは、自分で楽しませてください。

誰も楽しませてはくれないのです。

それを覚悟するしかないのです。

自分で自分を楽しませる覚悟。

人に何か楽しませてもらおうという気持ちを手放し

自分で全力で楽しもうと思う覚悟です。

同じ場所にいても、その景色をしっかりと見て、

その景色を感じることでその景色を楽しむことが出来ます。

分かりますか?


そこにいても、その景色をしっかりと見ようと思わなければ

何も感じることが出来ず、楽しいとも思えないのです。

それには、頭で考えないことです。

頭で楽しもうと思うと、楽しめなくなってしまいます。

頭で笑おうと思っても、笑えません。

頭は分析するからです。

笑いは頭ではないのです。

笑うことや感動することは、頭ではなく感覚なのです。

それを、頭で予測するからつまらなくなるのです。

きっとこんな景色なんだろうな・・と行く前から自分で想像し

見越してしまうから現地に行く気にならなくなって

そんなところに行ってもつまらないに違いないと思ってしまうのです。


頭で楽しもうとしないでください。

頭で楽しもうとしても、つまらなくなるだけです。

景色を楽しむためには、そこに行って感覚で感じるしかないのです。

頭で、こんな感じよね・・って思っていても

実際にそこに行ってみれば違うかもしれません。

想像していた通りかもしれないし

まったく違ってすごく感動するかもしれません。

それが楽しむということです。

でも、それには自分で行くしかないのです。

自分で行って、自分の感覚を感じ

それを楽しいと思うか、そうでもないと思うかは

その時に感じればいいのです。

楽しくないと思えば、もう行かなければいいし

案外きれいでもう一度行きたいと思うなら

また行けばいいのです。

誰かの撮った写真で判断するのではなく

自分で体験することが楽しむということです。

自分で楽しもうと思わない限り、何を見ても

何をしても楽しむことは出来ません。

つまらない・・と誰かに言うのは、

誰かに何かをしてほしいと言っていることです。

それは依存です。

誰かに、自分を楽しませてください・・と

自分で楽しむことを放棄しているのです。

放棄してしまえば、楽しむことは出来ません。

自分のことを楽しませることが出来るのは、

自分しかいないのです。

全力で自分を楽しませてください。

全力であなた自身をご機嫌さんにしてください。

どうすれば、自分はご機嫌さんでいられるか

・・そこにフォーカスするようにしてください。

そうすれば、生きていることが楽しくて仕方なくなります。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」

ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

人には何もできません。
自分が楽しみたい・・ご機嫌さんになりたい・・
と思わなければ、楽しむことは出来ないのです。

音楽を楽しむということでコンサートに行ったとしても、ポップスが好きな

人がクラシックコンサートに行ったとしても楽しめないですね。

それは趣向が違うからです。

趣向が違うと自分で音楽を楽しむことが出来ませんので、自分を楽しませたいと

思うならば、自分の趣向に合うものを選んだり行ったりするべきでしょうね。

しかし、それでも楽しめないときには気持ちがその音楽に向いてなかったり

メロディーラインの旋律が自分の好みでなかったりします。

横浜に住んでいたときにはよくクラシックコンサートに行ってました。

クラシック音楽ファンの中にはこの場面ではこの情景が、この楽器がこれを

表しているというようなことを言ったりしてますが、私にはそうした趣向が

ないので純粋に音を楽しんでます。

だから、すごく感覚的な楽しみ方になります。それは流れるメロディーラインや

音の余韻を楽しむやり方なので人とは少し違うだろうと思います。

でも、楽しみ方はひとそれぞれなので自分の趣向に合えばそれでいいものと

思います。そして、一言で楽しむと言っても、その楽しみ方は無数にあるので

自分が楽しめるものであればどんなことでも良いだろうと思います。

どんなものでもいいので自分なりの楽しみ方を見つけることだと思います。

路地に咲いている一輪の花を見て感動することだって出来るのですから。

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