NHKの「貯め込み」が加速している。

1月23日発売の『週刊東洋経済』の特集「NHKの正体」では、公共放送という衣をまとって「受信料ビジネス」を展開するこの組織を解剖した。

受信料収入は減収も…

2022年9月末時点のNHKの連結剰余金残高は5135億円。

営利を目的としない特殊法人でこの数字というだけでも貯め込みすぎの観があるが、それより注視すべきは8674億円もの金融資産残高だ。剰余金残高の1.7倍近くに上る。

受信料収入は2018年度(2019年3月期)に過去最高の7235億円を計上したが、営業スタッフによる戸別訪問を段階的に廃止した影響で、2021年度の受信料収入は6896億円へと約340億円減った。

にもかかわらず一般事業会社の連結営業キャッシュフロー(CF)に該当する連結事業CFは、2019年度から2021年度までの3年間の累計で3696億円となり、2018年度までの平均的な金額である年間1200億円前後を維持した。

2021年度の事業CFは1056億円で、前年度に比べ約380億円の急減となった。

ファンドのようなバランスシート

だがこれは、東京オリンピック・パラリンピック関連の放送費用(放送権料以外)180億円と、五輪など国際催事放送の放送権料80億円の計260億円を払ったうえでのことで、これらがなければ2019~2021年度の事業CFの累計は3956億円にもなる。

NHKがCF計算書の開示を開始したのは2008年度から。多少のばらつきはあるが、特別な事情で多額の資金流出があった年度を除けば、毎年1000億円を超える事業CFを生んできた。

そしてその半分強が設備投資などに回り、残りは余資となり国債など公共債での運用に回されてきた。その結果として積み上がったのが、7360億円もの有価証券である。

これに現預金を加えた金融資産の残高が、冒頭で紹介した数字になる。

金融資産は総資産の6割を占めており、このほかに保有不動産の含み益が136億円ある。まるで資産運用をなりわいとしているファンドのようなバランスシートだ。

なぜこんな芸当が可能なのか。第1に、収入が減ってもそれ以上に支出を抑え、しっかり利益を稼いでいるからだ。その利益はどう生み出されているのか。2018年度と2021年度の連結決算で比較してみよう。

2021年度の経常事業収入は7508億円。3年前と比べると6.2%減少した。これはNHK単体での受信料収入が約339億円減ったことが主因だ。

一方2021年度の経常事業支出は7057億円で3年前と比べ8.5%減少した。収入は6.2%しか減っていないのに、支出は8.5%減ったのだから、2021年度の経常事業収支差金(営業利益)は2018年度比で50%以上も増えた。

番組制作費は大幅減

支出減の主因は連結放送事業運営費が481億円減ったことにある。連結放送事業運営費の内訳は開示がなく、具体的に何が減ったのかは不明なので、内訳開示がある単体にヒントを求めてみる。単体の国内放送費、国際放送費、番組配信費の合計額は、3年前比で382億円減っている。内訳は、番組配信費が125億円増えた一方で、国内放送の番組費が461億円減っている。

これら放送関連の費用以外では、契約収納費つまり受信料の徴収にかかる費用が158億円減ったのに、人件費は28億円増えている。

この10年ほど、NHKの番組では、番組の最後に流れる制作者の表示に、NHKの子会社や外部の制作プロダクションの名前が頻繁に登場するようになっている。

良質な番組制作に外部の力を借りること自体は批判の対象になる話ではないが、NHKは番組制作予算が減った分を、外部の制作会社にシワ寄せしていないと言い切れるのだろうか。

NHKは「外部の制作会社には適正な対価を支払っている」と胸を張るが、外部のディレクターからは「出張ロケの現場では、NHK本体の人たちは宿代はじめ費用はすべてNHK持ちなのに、制作するフリーランスは自分が知る限り、基本自腹。宿代や移動費を払える資力がないフリーランスは出張ロケにすら参加できない」という声が出ている。

第2に、先に述べたように事業収支と事業CFの乖離が大きいことだ。減価償却費は年々増加傾向にある。2021年度の連結の減価償却費は858億円。この分がキャッシュアウトを伴わない事業費用に計上されており、事業収支の何倍ものCFが手元に残るのである。

そして何よりもNHK本体は法人税負担がない。一般事業会社の税金等調整前当期純利益に当たる税金等調整前事業収支差金は、連結で478億円だ。

このくらいの税前利益があると、一般事業会社なら140億~150億円前後の税負担になるが、NHKの税負担は単体ではゼロ、連結でもわずか25億円。納税義務を負っているのは株式会社形態の子会社だけだからだ。

税負担がないうまみ

世の中で非課税の扱いを受けている公益法人でも、収益事業を営めばその分は課税対象になる。NHK本体は収益事業を営めないため、子会社の株式会社群で収益事業を営み、NHK本体の放送事業はすべて公益事業ということになっている。ドラマもバラエティー番組も、NHKが放送すれば公益事業で民放が放送すれば収益事業というのが、現行法の立て付けだ。

自助努力で収入を確保しなければならない民放とは異なり、NHKは収入を法律によって守られ、番組制作に莫大な費用を投入し、なおかつ毎年、数百億円規模の余剰資金を生み続け、貯め込み続けても課税されない。これほどの利益を生んでもなお、NHKを非課税扱いし続ける現行の法律に、根本的な矛盾を感じざるをえない。

NHKが視聴率、それも民放同様に若年層の視聴率を気にする理由も不可解だ。民放はスポンサーがその年齢層をターゲットにしたCMを流したいから、番組制作もその年齢層の視聴率を意識しなければならない。

だがスポンサーの要望に縛られることのないNHKが、若年層の視聴率にこだわるのは、番組への支持率をNHKそのものへの支持率にすり替えることを目的に、手っ取り早く数値化できる視聴率に安易に飛びついているだけなのではないのか。もしそうなら、NHKは自身の使命を完全に見誤っているというほかない。

NHKは東京・渋谷の放送センターの建て替え計画を持つ。2021年に着工し、2036年に全体の完成を目指している。この建て替えのために2017年3月期に総工費と同額の1700億円の積み立てが完了。着工によって一部が取り崩され、2022年9月末時点で1693億円となっている。

建て替えの積立金以外に、その4倍に当たる6981億円も貯め込んでいるわけで、いったい何のために、放送センターをあと4回も建て替えられるほど貯め込まねばならないのか、理解に苦しむ。

NHKは2023年度に約700億円を原資に受信料を値下げする。700億円という金額は年間の受信料の1割に該当するが、連結事業収支差金のわずか1年半分、連結剰余金残高の13%程度、連結金融資産残高の8%程度でしかない。

長年貯め込んだものを吐き出せば受信料はもっと下げられるのに、そんな気は毛頭ないことがわかる。

経済界出身会長の意図

2022年6月の放送法改正で受信料の不払い世帯に対しては割増金も徴収できるようになった。公平性確保を盾に、毎年多額の余資を生んでいる実情には頰かむりしたまま、受信料は申し訳程度にしか下げない。

受信料は番組の視聴料ではなく、公共財たるNHKを支えるための国民負担だからと、衛星放送のスクランブル化すら拒絶する。それなのに、なぜかその受信料で制作した番組のアーカイブ視聴は受益者負担とし、受信料の負担者に無償もしくは安価に開放するということもしない。

今月、NHKの会長は、みずほフィナンシャルグループ元会長の前田晃伸氏が退任し、日銀元理事でリコー経済社会研究所の元所長、稲葉延雄氏が就く。

2008年以降、会長職には福地茂雄氏(アサヒビール元会長)、松本正之氏(JR東海元社長)、籾井勝人氏(三井物産元副社長)、上田良一氏(三菱商事元副社長)、前田氏と、外部からの登用が続いた。

いずれも経済界出身であるとともに、NHK改革を政治課題と位置づけた官邸が、自ら人事権を行使して送り込んだ会長たちである。

民間企業は自力で収益を稼いで税金も払うが、NHKは収入を法で保証され税金も払わず、ますます貯め込みを加速している。

それはNHKをコントロールしたい官邸との駆け引きの結果であることに、国民はいいかげん気づくべきだろう。

(伊藤 歩 : 金融ジャーナリスト)