破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:提供し合うは依存ではないのか?」

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協力し合う アセンション

破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:提供し合うは依存ではないのか?」

今日の破・常識!

協力し合う、手を取り合う、提供し合うことと

依存とはどう違うのでしょうか?

byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

「提供し合うは依存ではないのか?」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。

手を取り合う、協力し合う、提供しあうことは

依存ではありません。

何もかもすべて自分ひとりでできないのです。

お互い得意なことを提供しあえば

すべては丸くまわっていきます。

そして、それはみんなが自立しているから

出来る事なのです。

誰かがその関係に依存してしまうと

エネルギーが循環しなくなってしまいます。

協力し合う、手を取り合う、提供し合うことと

依存とはどう違うのでしょうか?

表面的には同じように見えるかもしれませんが

依存は執着なのです。

誰かに執着すると自由なエネルギーでは

なくなってしまいます。

この人がいないと私は困る、生きていけない

と思ってしまうとその人に執着することになります。

その人が自分から離れていかないようにするには

どうしたらいいかばかりを考えてしまうようになります。

その人のご機嫌を取ったり、自分だけに

フォーカスしてもらうために病気になったり

相手にとって困ることをはじめたりするのです。

それはエネルギーバンパイアです。

エネルギーバンパイアはエネルギーを搾取します。

ですから、執着された方も苦しくなっていきます。

執着されエネルギーをバンパイアされ続けると

その方もエネルギー不足になってしまい

その方もエネルギーバンパイアになっていくのです。

そして、お互いエネルギーの

搾取のし合いになっていきます。

それが共依存なのです。

ですから、お互いエネルギーをバンパイアしあう

相手がいなくなると困るので

離れるに離れられなくなります。

共依存になってしまうと

パワーバランスも崩れてしまいます。

どちらが優位な立場をとるか、という関係になってしまい

楽しい関係ではなくなります。

提供し合う関係にはそれはありません。

お互い自立しているので

その人がいなくなっても困る事はないのです。

その人に依存しないので、執着もしません。

これは人を利用しようとしているのではない事は

理解してくださいね。

利用しようとしているのは

依存し合う関係の方なのです。

自分が困るからその人を手放さないようにする・・

これは自分のためにその人を

利用しようとしているのです。

だから、手放せないと思ってしまい執着するのです。

自立している関係では相手の考え、気持ちを尊重します。

提供し合いますが、搾取はしません。

その人が提供したいと思うこと、思う時だけ

お互いが了承した時だけの提供です。

難しいですか?

ですから、パッと見た感じでは

クールな関係に感じると思います。

あなた達はずっと一緒にいるなど

ベタベタしたエネルギーが

仲が良い関係だと思わされてしまっていますが

そうではないのです。

必要な時には手を貸し合い、その他の時は離れている・・

それが自立し合った人たちの関係なのです。

さっぱりした関係と言えばいいでしょうか?

いまのベタベタしたエネルギーの関係に

なれてしまっているあなた達にとっては

つまらない、冷たい、寂しいと思う関係に

思えるかもしれません。

でも、信頼し合っているので離れていても

安心していられるのです。

依存の関係はそうではないですね。

依存している人がよそに行かないように

いつも見張っていなければいけなくなります。

それはとてもしんどい関係ですね。

ベタっと常にエネルギーをくっつけ合ってる状態です。

そうなると息苦しく感じてしまいます。

依存と協力、提供し合う関係とは

エネルギーがまったく違うのです。

ご理解いただければ嬉しいです。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」

 

ありがとう、アシュタール! 

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