破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:虚構のモデルケース」

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破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:虚構のモデルケース」

今日の破・常識!

いつもニコニコしていて誰に何をされても怒ることなく許し

どんな環境も受け入れる・・

などという考え方は手放してください。

そんな人はいません。

それは宗教によって作られた虚構のモデルケースです。byアシュタール

 

アシュタールのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

vol. 1148 虚構のモデルケース

「虚構のモデルケース」by アシュタール


「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

波動が軽くなると、物欲や食欲、性欲などの欲がなくなるっていう

話があるようですが・・そんなことはありません。

波動が軽くなるのと、欲がなくなるのとは

まったく違う次元のはなしです。

それは、宗教的な概念である精神性と波動を

すり替えたり混同してしまった考え方です。


宗教的な概念では、人格者や霊的に高い人

精神性の高い人は世俗的なことには関心を持たない

無欲の境地にまで自分を高められた人だと言われています。

仙人のように、世俗とは離れ、ただ一人孤高の中で生きる・・

それが素晴らしい人です、と。

それが悟った人です、と。

それが、神に近づいた人です、と。

そういう概念と波動の軽さはまったく関係ありません。

波動が軽い=人間離れとは違うのです。

波動が軽い人は、○○はしない、○○を欲しがらない

怒らない、いら立たない・・

いつもニコニコしていて誰に何をされても怒ることなく許し

どんな環境も受け入れる・・

などという考え方は手放してください。

そんな人はいません。

それは宗教によって作られた虚構のモデルケースです。

(これは余談になりますが・・

あなたの社会の宗教的なリーダー、教祖たちはどうでしょうか?

宗教の中で説かれているような生活をしていますでしょうか?

何も欲しがらず、清貧の中で、質素に

仙人のような生活していますでしょうか?

そうではないですね?

きらびやかな宮殿のような建物に住み

王のようにたくさんの人にかしずかれ、

華やかな生活をしているのではありませんか?

指導者自身がしていないことを

人々には清貧や我慢の中で聖者のように生きるべきだと

説いていることは、私は矛盾だと思うのですがいかがでしょうか?)


そんなモデルケースを目指さないでください。

無欲を目指す必要などありません。

怒ることなくいつもニコニコ・・

それは感情を切ってしまっただけのことです。

感情を切ってしまうと、何も感じませんので怒ることも

本気でよろこぶことも悲しむこともないのです。

無感情ですので、ニコニコしているような顔になってしまうだけです。

ニコニコした表情(口角が上がっている)で

固まってしまっているだけなのです。


もう一度お伝えしますが・・

波動が軽い=人間離れ・・ではないのです。

波動が軽いから物欲、食欲、性欲などの欲がなくなる

・・などということはありません。

人として身体がある限り、必要なものは必要なのです。

物欲、食欲、性欲などの欲は生きていく

生存していくためには必要なのです。

だから、欲はなくなりません。

ただ、不必要な欲は減ります。

それは、波動が軽くなると不安や心配が減るからです。

波動が軽くなるということは、

ご機嫌さんでいる状態だということですので

ご機嫌さんのときは不安や心配や怖れなどに

フォーカスしないのです。だから、不安や心配

怖れなどからくる欲は大きく減っていきます。

必要以上にお金を欲しがり、必要以上に

貯めておこうとしなくなるという意味では

物欲は減ると言えるでしょう。

同じように、不安や心配や怖れから

エネルギー不足になってしまって

そのエネルギーを補給するための

中毒のような食欲や性欲などもなくなると言えます。

でも、楽しくご機嫌さんでいるために必要な

物欲や食欲や性欲などの欲はなくなることはありません。

だから、それを持っているから私はダメだ・・

などと言って無理やり我慢しようとするのは

とてもナンセンスなことです。

無欲になるためにきびしい修行をしなければいけない

努力をしなければいけない・・

などと思うのはまったくのナンセンスなのです。

波動を軽くするのとまったく反対のことをしていることになります。

波動が軽い人がいい人、素晴らしい人、霊格の高い人

精神性の高い人、などという考えは手放してください。

波動の軽さと宗教的な考えを切り離してください。

まったく違う次元の話だということを

しっかりとお伝えしたいと思います。

そして、波動が軽いから良い、重いから悪い・・

というような善悪で考えないでくださいね。

いい悪い、善悪の話ではありません。

ただ、どの波動領域が好きか・・それだけのことです。

それを間違えてしまうと、いままでのあなた達を支配してきた

宗教と変わらなくなってしまいます。

私たちがお伝えしている波動の話は、

宗教的な概念とはまったく違います。

宗教の延長線上で波動エネルギーのことを考えないでください。

そこを理解していただければと思います。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」


マイコメント

考えてみると、欲がある人は悪い人という概念が刷り込まれているということです。

お金を欲しがる人、性欲満々の人、物欲の多い人などがそうです。

こうした人は人としての道を外れているというのが宗教の考えです。

イエスキリストが「金持ちが天国に入るのはらくだが針の穴をすり抜けるくらい

難しく、とてもその願いは叶わない」と言ったとか、言わないとか・・・。

それだけその逸話が独り歩きしてしまっていて、欲の象徴のように言われます。

 

また、税金を集める官吏ほど卑しい仕事はないと忌み嫌われますが、そもそも

税金という制度を作ったのは聖書で選民と呼ばれるユダヤ人なんですから

どっちが正しいのやら・・・。

という内容の多い大きな矛盾に満ちた書物です。

「隣人を殺すな」と言いながら、他方で「神のためなら殺人も許される」と

書かれているのですから、それこそところどころに免罪符を置いて聖書を

正当化しているだけのものでしょう。

 

そもそも宗教というのは人の悩みに付け込んで「お救いします」と近づいて

来ては信仰を勧めるものですが、何のご利益もありません。

中には「仏壇を祭り毎日念仏を唱えていたら病気が治ったからこの宗教の

教えは本物だ」と言う人もいますが、治った原因は呼吸にあります。

念仏を唱えていると、呼吸が深くなると同時に、自分自身が念仏を唱える

声の波動によって共鳴現象が起こり、それが病気を治します。

しかし、だからと言ってすべての病気が治るわけで社ありません。

そして、治しているのは自分自身ですから宗教ではありません。

騙されないようにしましょう。

これからは、そのような宗教にすがって生きて行く時代ではありません。

今回のコロナウイルスでも多くの宗教界の指導者が数多く亡くなりました。

もし、宗教にすべてを治す力があるなら、亡くなるようなことはなかった

はずなのですが、事実はその反対であり、宗教の無力さが良く分かった

ことでしょう。

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