破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:何のためにしているのか?」

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疑問を持つ アセンション

破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:何のためにしているのか?」

今日の破・常識!

疑問を持ってください。

何のためにしているのか?・・

自分の行動に疑問を持ってください。

byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

「何のためにしているのか?」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。

あなた達は何のためにこれをするのか?

という視点で考えることを学ばなかったのです。

あなたの社会の教育制度では

従うということだけを重点的に教えてきました。

従うことが良いこととして刷り込まれてきたのです。

従う子を育てるためには

これは何のためにしている事だろう

という考えは必要ないのです。

反対にその考えを持たせてはいけないのです。

ですから、あなた達は

これは何のためにしているのだろう

と考えることに慣れていないのです。

ルールです・・と言われれば

このルールは何のためにあるのか?

誰が作ったのか?誰のためになるのか?

ということを考えることなく

はい、わかりましたと答えてしまうのです。

はい、わかりましたと答えた後は

もうそのルールを守る事しか考えなくなります。

自分の生活が不自由なものとなっても

ルールを守るためにはどうやって我慢しようか

という方向にだけ思考が働くように

なってしまっているのです。

特に、あなたのためです、他の人のためです

命を守るためです、などという言葉を出されると

何も考えることができなくなり

人のために尽くすことだけが素晴らしい

という思考になり、それを守らない人は

人の道を外れたひどい人としか

見れなくなってしまうのです。

排除するしかないと思い込んでしまうのです。

それがその人の正義なのです。

そして、小さな頃からアニメやドラマなどで

勧善懲悪、正義のためならば何をしても良い

というストーリーを見せられ続けていますので

正義のためならば少々ムリを通しても構わない

と思ってしまうことになります。

正義という言葉ほどあいまいな定義はないのです。

どの角度から見るかによって正義は変わって来ます。

Aの角度から見たらBは正義かもしれませんが

Cから見たらそれは正義ではないのです。

一方的な正義だけを正義だと思わせられる教育は

とても怖いのです。

世間で言われている常識、ルール

倫理観、道徳観、などは支配者が作り上げたものです。

それが正義であり、守るべきものだ

と刷り込まれていますので

次に出てきたルールも素直にそのまま正義として

受け入れてしまうのです。

知らないうちに刷り込まれてしまっている

思考があります。

その思考を見つける(無意識を意識に変える)ために

ルール、常識を見直してください。

この常識、ルールは何のためのあるのか?

と考える習慣をつけてください。

何のためにあるのか?誰のためにあるのか?

誰が作ったのか?というところに考えを持っていくと

いろいろな事が見えてきます。

世の中で行われていることが見えてきます。

世の中で正義、当たり前だと思われていることに

疑問を持つことができれば

むやみに従うことがなくなります。

従うことに違和感を感じることが

できるようになります。

疑問を持ってください。

何のためにしているのか?・・

自分の行動に疑問を持ってください。

それは自分がしたくてしている事なのか?

・・自分に問いかける習慣を持ってくださいね。

あなたに愛をこめてお伝えいたします」

 

ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

本当に今の社会では「ルールや規則に従う」「上の指示には絶対服従」という思考が求められ

会社や町内でもそうしたことが当たり前と誰も疑問を持つことなく進められています。

特に会社では序列があるために上の指示には逆らえないという風潮が出来上がっていて、もし

逆らおうものなら左遷やひどい時には降格、減給などが行われます。

これは従わなかった罰ですね。

ごくまれにルールを無視して行った行為であっても会社に利益をもたらした場合には特例として

認めらえるケースはあります。

昨日のテレビ番組である地方の山の中にある型破りな私立学校が紹介されていました。

そこでは小学生から中学生(?)の生徒が学んでいましたがすべての学年の生徒が一緒に学びます。

やることは生徒が自分で決め取り組みます。例えば滑り台を作るとか小屋を作るとか自分たちで

テーマを決め全員が協力して作り上げていきます。図面も自分たちで描き、作業も分担します。

そして、やり方や手順はそれぞれの創意工夫に任され先生は何も言いません。

困ったときだけ相談に乗るだけです。

また、普通の授業は基礎学習の中で行われ、これも学年全部一緒です。

そんなことして学力が低下するのでは?という質問に校長先生がそんなことはないときっぱりと

答えていました。高校に行っても十分良い成績を納めているということです。

子供は自分の好きなことを好きなだけ取り組む環境があれば勉強も覚えるコツをつかむのが

早いということです。だから、いやいや学ぶのではなく興味を持って学べるのです。

だから学習も早く覚えるのも早い。そのため成績は十分なものを得ているということです。

いつもさくやさんやアシュタールが語っていることと同じですよね。

子供は自分で創意工夫する機会を与えてあげれば自ら学習していくということです。

当然、こうした教育では疑問を持つことに何ら制限を持たせないので非常にバラエティに

富んだ思考方法を身に着けていくことができると思います。

初めてそういう学校があることを知りましたが、文部科学省に認可されている学校だと

いうことなので二度ビックリです。

よくそんな学校を認めたもんだと・・・。

もし、日本全国のこれと同じ学習スタイルを導入したら日本は大きく変わっていくだろうと

思います。


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