破・常識あつしの歴史ブログアシュタール:じょうもんの頃のような社会」

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今日の破・常識

もし、あなたがじょうもんの頃のような社会

(社会というほど大きくなくても)を作りたいと思うならば

人との関係をつくっていってください。

いまのような希薄な人間関係ではなく

融合的な(濃密な)人間関係です。byアシュタール

アシュタールからのメッセージ

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。

vol. 1130 じょうもんの頃のような社会

「じょうもんの頃のような社会」byアシュタール


「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

じょうもんのようなところ・・それは場所ではありません。

場所があるから出来るのではなく、思考があるから出来るのです。

だから、どこでもそれは出来ます。

もし、あなたがじょうもんの頃のような社会

(社会というほど大きくなくても)を作りたいと思うならば

人との関係をつくっていってください。

いまのような希薄な人間関係ではなく

融合的な(濃密な)人間関係です。

融合的な(濃密な)人間関係というと、あなた達はイヤな顔をします。

それは、融合的な(濃密な)人間関係を

間違ったように教えられてしまっているからです。

濃密=べたべたとした関係・・という

イメージを植え付けられてしまっているのです。

べたべたと干渉しあう関係を濃密だと思ってしまっているのです。

濃密というのはそうではありません。

エネルギーの交流が出来ている関係のことを言います。

エネルギーの交流がうまく出来ている関係では、

お互いを信頼し合えるのです。

信頼し合えるということは、干渉しないということなのです。

人間関係が希薄というのは、

エネルギーの交流が出来ていないということです。

エネルギーの交流が出来ていないから

信頼し合うことが出来ず干渉しあってしまうのです。

難しいですか?


人間関係が希薄だから、反対にべたべたしたくなると言えば

理解していただけますでしょうか?

希薄でエネルギーの交流がうまく出来ていないから

いつもべたべたとしていないと不安でたまらなくなるのです。

不安だから、いつも一緒に行動したり

一緒の行動しない人に干渉したくなったりするのです。

エネルギーの交流がうまく出来ていると

エネルギー的に満足できますので不安はなくなります。

エネルギーの交流が出来ると

常にお互いとつながっていることが分かります。

別々の行動をしていても、根底はつながっていることが

実感できますので安心していられるのです。

だから、お互い何をしてても干渉しようとは思わないのです。

これが濃密な関係です。

表面は反対に見えます。

常に一緒にいて、一緒の行動をしている方が

濃密な関係なのではなく、濃密な関係を保つことが出来ていると

表面はサバサバとしてあまり仲が良くないのかなと

見えることもあるのです。

そして、エネルギーの交流が出来ると

お互いを信頼できますので階級?レベル?分けなど

考えなくなります。

立場の上下などなくなります。

横並びの関係を築くことが出来るのです。

不安があるから上下の関係をつくり、干渉し束縛しようと思うのです。

濃密な人間関係を保つことが出来る社会は、とても風通しがいいのです。

みんながそれぞれ違うことをしています。

そして、お互いを干渉しません。

でも、みんな信頼し合ってつながっていますので

安心していられるのです。


では、その濃密な人間関係はどうすればいいのでしょうか?

それは、あなたがご機嫌さんでいることです。

自分だけが?・・そうです。

あなたがご機嫌さんでいれば、あなたは他の人に

気持ちよく接することが出来るようになります。

他の人に気持ちよく声をかけ、手を差し伸べることが出来るのです。

気持ちよく声をかけれた人は、気持ちよくなります。

それはエネルギーの交流が出来たからです。

何かしてほしいと思っているときに

気持ちよく手を差し伸べ合えれば、

そこに気持ちのいいエネルギーの交流が出来ます。

手を差し伸べた人も、手を貸してもらった人も

どちらも気持ちよくなるのです。

ここにエネルギーの循環が起きるのです。

循環しているのでエネルギー不足になることはありません。

これが濃密な人間関係です。

干渉し合ったり、束縛しあったりするのが

濃密な人間関係ではないのです。

濃密な人間関係になればなるほど

表面上はサバサバとしたものになります。

その関係を少しずつでも広めていくことが出来れば、

あなたのいるそこがじょうもんの頃のような場所になるのです。

どこかにじょうもんの頃のような場所があるのではなく

あなたの思考の中にそれはあります。

ですから、どこにでも、ひとりからでも

それをはじめることが出来るのです。

先ずは、あなたがご機嫌さんになり

希薄な人間関係を濃密な方向へと意図してください。

いまの社会はあまりに希薄になり過ぎたので

あなた達は融合のエネルギーを求めています。

あなた達の集合意識はそちらに動いています。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」

ありがとう、アシュタール! 

マイコメント

また私事で申し訳ないのですが、私にはそうした仲間が今4人います。

 

いつも声を掛け合ってはカラオケに行ったり、ちょっとした旅行に出かけたり

あるいは、誕生日会をやったりといろいろですが、互いの束縛はなく

いつも自然な交流を持てています。

最初からそうではなく、何回もそうしたことを続けていくうち互いの気心が知れ

言いたいことを言い、怒る時には怒り、笑う時には笑い、楽しい時には楽しみ

和気あいあいと行動しています。

 

だからと言って、いつも一緒ということではなく、それぞれのペアでの行動も

ときどきはあります。

そのため、いつの間にか私の名前を付けたグループ名を誰かがつけそれを呼称する

ようになったこともうれしことのひとつですが、こうした仲間を持てるというのは

とても素晴らしいことです。

 

こうした仲間を作ることが出来たのもアシュタールの教えてくれたことが大変

役に立っています。そして、これは私がずーっと持ち続けてきた重いです。

それは、互いを尊重し束縛しない自由な関係ということです。

だから、離れていても連絡が取れればいつものように集まりまた解散する。

ということです。これは子ども時代の友達関係と似ています。

 

大人になってくるとどうしても親しく付き合っていてもどこかで疑心暗鬼に

なる心の側面を持ってしまい、長続きしません。

幸い今のグループは5年ほど続いています。

一時は解散の危機もありましたが、今はそんなことも忘れ元に戻りました。

 

じょうもんの頃の付き合い方に少しは似ているのではないかと思っています。

 

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